ジャック・アタリ作品の書評/レビュー

21世紀の歴史 未来の人類から見た世界(訳:林昌宏)

未来を見通す目は歴史を振り返ることで育まれる
評価:☆☆☆☆☆
 人類の誕生から現在までの歴史を概観することによって教訓とすべき歴史的事実を明確にし、これまでの市場経済を支配してきた9つの"中心都市"の興亡を見ることによって、21世紀の世界の歴史を予測している。最初の2章で過去を振り返り、残り3章で、未来に達するかもしれない、超帝国、超紛争、超民主主義という3つの状態について紹介している。
 後半3章は著者の予測であり、内容が正しいかどうかはその時にならないと分からない。一方、前半2章は歴史的事実に対する著者の見解を示しており、著者の思考方法が垣間見えるので、今後の世界の変化に対して自分で考察する場合の参考になると思う。

 前半のポイントはいっぱいあると思うのだが、自分なりに重要だと思った点をいくつか挙げてみると、(1)人類は本質的にノマド(遊牧民)である、(2)サービスを産業品に置き換えることで経済成長してきた、(3)歴史は繰り返す、になる。
 (1)は、自分たちが定住している現状を考えると矛盾しているように思えるが、人類の黎明期においては住みやすい土地を求めてさまよい歩いたこと、優秀な人材は生まれた国に拘わらず"中心都市"に集まること、現在もモバイル製品が売れていることなどを考え合わせると、意外に納得できる。(2)は、人馬による輸送が自動車に、会計事務がシステムに、足で稼ぐ情報がインターネットに、という時代の変遷を思い浮かべれば理解できる。そして、これらの積み重ねが(3)なのだ。これが繰り返されると仮定すると、訪れる未来は次の様になるらしい。
 いずれは社会保障や治安維持などの公的サービスも民営化され、市場経済の枠組みに取り込まれる。市場は、アダム・スミスが論じた様に、見えざる手が理想の状態に導いてくれないらしいので、経済格差が生じる。この様なサービスを提供する企業は巨大になり強い力を持つ一方で、税収を減らすことになる国は影響力を低下させる。この状態を超帝国と呼ぶ。そして、軍事的影響力の低下は地方勢力や犯罪集団による紛争を招く。また、影響力の回復を狙って軍備拡張に走り、武力解決を頼みにするようになり、超紛争に至る。だが、著者の理想とする世界では、いずれ利益を求めずに働ける人たちが国際機関を組織し、全ての人類が必要財を手にできる、超民主主義が成立する。

 この予測を読んでボクが想起したのは『易経』である。易は、坤から乾まで、爻という横棒が順次、陰陽変化しながら状態を遷移していき、六十四卦を生み出す、というのがボクの理解だ。だから、ある状態から移れる状態は限られており、いきなり変な状態に飛んだりはしない。そして、これを社会と結びつけることにより将来を占う。社会がいきなり変な状態に飛ばないのは、例えばナチスが登場するまでには、第一次世界大戦の戦費負担による経済悪化、閉塞感を打破するためのナショナリズムの高揚、不満を纏め上げる扇動者の出現、の様な段階を踏んでいることから明らかだ。
 この様に考えると、先ほどの超帝国・超紛争の流れもいきなりその様な状態になるわけではなく、初めは何か小さなきっかけが、放って置くとドンドンずれが大きくなって、取り返しのつかない状態に至ってしまうことになる。だから、今のうちから世の中の流れを注視し、少しでも違和感を持ったら早期に対応することが重要になってくるのだろう。

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