石塚健司作品の書評/レビュー

四〇〇万企業が哭いている ドキュメント検察が会社を踏み潰した日

社会のためではなく、特捜部のための正義
評価:☆☆☆☆☆
 粉飾決算をしていた中小企業の社長の朝倉亨氏と、その指南をしていた銀行出身のコンサルタントの佐藤真言氏が、善良なる銀行を騙し、震災復興保証制度を悪用して資金を詐取したため、東京地検特捜部に逮捕された。このリード文だけを読めば、なんと悪辣な人たちかと多くの人が思うだろう。しかし、その事実を突き詰めていけば、そこに東京地検特捜部の歪んだ正義が浮かび上がってくる。そしてこの事件は、大阪地検特捜部の主任検事による証拠捏造事件の後に引き起こされた出来事なのだ。

 中小企業の多くは銀行からの融資を途切れさせないため、粉飾決算をせざるを得ない現状に追い込まれている。この事件の背景にあるのは、現代日本の金融制度が抱える構造的欠陥が生む、必要悪と呼んでも良い現実だ。そのことは、決算書を作る税理士はもちろん、融資をする銀行も気づいていて、見てみない振りをすることで回っている。例え騙されても借金を返し続けてくれている限り、嘘を暴いても大量の不良債権が生まれるだけで、誰にとっても良いことはないからだ。

 かつて、大手銀行の優秀な営業マンだった佐藤真言氏は、有望な事業を持ち、借金を返す意欲を持つ経営者を擁しながら、赤字になっているというだけで融資を受けられず、倒産に追い込まれていく中小企業を数多く見てきた。そしてその現状に疑問を持ち、銀行を退職してコンサルタントとなり、月5〜30万円のコンサルタント料で、苦しむ中小企業経営者の支えとなってきた。
 中小企業経営者の多くは、銀行の手口を知らない。営業成績を上げるために、会社の信用度が下がったなど適当なことをいい、銀行には全くリスクのない保証協会の保証付き融資の利率を上げたりする。そのことを知っていれば、保証枠を持って別の銀行に融資を頼むなど、交渉手段はあるにもかかわらず、知らないゆえに実行できない。そこをアドバイスすることで、中小企業が生き残る手助けをすることが佐藤氏の目的だった。

 朝倉亨氏はそんな顧客の一人であり、会社を倒産させないために粉飾に手は染めたものの、銀行への支払いは一度も滞らせることなく、自分の支出は徹底的に切り詰め、寝食を忘れて会社のために生きてきた経営者だった。

 だがそんな彼らに転機が訪れる。そのきっかけは、彼らとは全く関係の無い、悪徳コンサルタントの逮捕だった。その人物は、佐藤氏がかつて勤めた銀行の同じ支店に勤務しており、適当な中小企業を優良企業に見せるために粉飾しておいて、銀行から融資をさせて自分の営業成績にすると共に、融資分を企業と折半して、豪遊していたのだ。
 そして特捜部は、その顧客企業の内、詰め切れなかったある企業に目をつけ、第二ラウンドとして佐藤氏を悪徳コンサルタントと見立て、金のために中小企業を粉飾決算させたというストーリーを組み立てた。

 ところが実際強制捜査に着手すると、佐藤氏のあまりの質素な生活振りに絶句し、彼の受け取っていた報酬は所属企業からの役員報酬のみであり、それも平均給与を僅かに上回る程度のものでしかなかった事実に直面し、困惑する。そして自らの見立てを強引に通すため、捜査の手を別の取引先の企業に広げながら、その中でマスコミ受けしそうな震災復興保証制度を利用した融資に目をつけたのだ。

 佐藤氏らが粉飾決算に関わっていた事実は間違いなく、法に照らせば有罪であることは疑いない。しかしそれは、司法の場で裁く意味のある罪なのだろうかと著者は問いかける。そんなことをすれば、全国に四百万ある中小企業の半数以上は罪に問われることになるだろう、と。そもそも巨悪を眠らせないのが特捜部の存在意義だったはずであり、わずか数千万円程度の融資に関わる企業を強制捜査し、連鎖倒産をさせて大量の失業者を生んでまで通したい正義とは、一体何であったのだろうか、と。
 全ての動機は、検察庁の特捜部改革によりお取りつぶしになる部署の、最後の打ち上げ花火としての、特捜部の存在意義を示したいという組織的利得を動機とした操作であったと著者は看破する。自らの組織の論理だけで動き、社会の実態に目を向けることなく、見立てに誤りが見つかっても退く勇気を持ち得ない、机上の空論に生きていたのが、捜査を主導した検事たちだったわけだろう。

 この主任検事については、いま何をしているどころか、名前すらも本書では語られてはいない。しかし、少しネットを調べれば、その名前と現在の所属先を知ることが出来るであろう。そしてその事実を知れば、将来の検察組織の行く末に、暗澹たる未来を感じずにはいられまい。

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