ブライアン・カプラン作品の書評/レビュー

選挙の経済学 投票者はなぜ愚策を選ぶのか(監訳:長峯純一、奥井克美)

有権者は正しく判断することで誤った選択をする
評価:☆☆☆☆★
 経済学は、極論すると、あっちとこっちのどっちが得かを比較判断する学問だと思う。この、得かどうかの正しい判断が、合理的選択と呼ばれるわけだ。経済学によると、経済活動を行う上で、人は合理的選択を行う。一方、同じ人が、選挙になると、経済学的視点から見て非合理的に思える判断を下してしまう。例えば、比較優位の理論によると市場開放した方がお互いに利潤を最大化できるのに、バイアメリカン条項の様に保護貿易を主張する政治家が当選してしまうことがその例だ。
 この様な非合理性を説明するのに、古典的公共選択理論では、有権者が合理的無知であることを仮定していたらしい。つまり、自分がどの様な投票行動を取ったとしても、それが全体の結果に影響を及ぼす期待値は限りなくゼロに近いので、適当に投票してしまうということらしい。すると、多くの合理的無知な有権者はランダムに投票するので、集計の奇跡により、ごく少数の情報を多く持った有権者の行動により全体の結果が決まることになる。

 しかし著者は、この様な集計の奇跡は起こらないと主張する。では、何故、非合理な選挙結果がもたらされるかというと、有権者は合理的非合理性を持つためらしい。例えば、排気ガスを規制する為に自家用車の使用を制限する、ということが選挙の争点になったとしよう。有権者は排気ガスが健康や環境に悪影響を及ぼすということを熟知している。そして仮に、今のまま自家用車を使用すると、1兆円の経済損失を招くという予測がなされているとする。
 合理的に判断するならば、自家用車を制限するのが正しい判断になるはずだ。しかし実際は、制限しないと主張する政治家が当選するだろう。これは、一票がもたらす経済損失の期待値が極めて小さいためだ。一票が全体の結果に影響を与えるのは、その他の票が完全に半々に分かれている場合に限られる。しかし、そのような状況が発生する確率はほとんどゼロに近い。よって、有権者一人が規制に反対することによる費用はほとんどゼロなので、自分の利便性を考慮して規制に反対することになる。

 ここまで読むと、(訳者あとがきにもある通り、)合理的無知だろうが合理的非合理性だろうが、もたらされる選挙結果に変わりがないことが分かる。では何故この様な議論を著者は展開したのだろうか。後半の章を読む限り、著者は、民主主義の無謬性を信仰する者達が経済学者を軽く見るのが気に食わなかったのではなかろうか。そして信者達に、民主主義は無謬でも何でもなく、有権者は誤った行動を取るものであり、その特性は彼らの嫌いな経済学で説明できることを示したかったのではなかろうか。
 本書で示される結果は、ボクらが普段の選挙で直観的に感じている非合理性を説明しているに過ぎない。そして、どうすればその非合理性を回避できるか、提案がなされているわけでもない。だが、有権者は合理的に判断して誤りを犯してしまうという事実を自覚していれば、私的利益ではなく社会的利益をもたらす政策は何なのかという検討を行う上での戒めにはなるかも知れない。

 最後に、訳者あとがきにもありますけれど、かなり日本語が読みづらいです。

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