佐藤優作品の書評/レビュー

テロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力

内の論理によって生じる外への影響
評価:☆☆☆☆★
 第1部では、ロシア・中国に内在するロジックを解説し、第2部では、資本主義の欠陥を他者の論考を通じて明らかにし、新自由主義に対する反動から生じるかもしれない、ファシズムへの兆候を示している。さすがにロシアについては専門領域なので様々に分析されているが、第2部は基本的に引用が多く、ワクワク感は控えめのように思う。

 後半では、絶対的貧困の現状と、過去にファシズムが台頭した時代の状況を比較することで、今後に起きるかもしれない変化を推測している。特に、雇い止めなどの問題について経団連などが取り組むことを提案しているのだが、それだけでは問題は解決しないのではないかと思う。なぜなら、企業に国籍は必要ないので、市場を日本に限定する理由がないからだ。
 日本での製造経費が高くなれば他国に拠点を移すだけで済むし、日本市場が縮小する以上に外国市場が拡大すれば、企業が得る利益はむしろ増える。だから、派遣をやめて正規雇用を義務付けるというような対策は、かえって逆効果になるかも知れない。

 派遣の問題は、大企業との雇用関係よりも、派遣会社との雇用関係に根本的な原因がある気がする。結局、派遣会社という中間業者による搾取と、派遣社員に対する教育の機会が与えられないということが、貧困の負の連鎖を生み出すことになるのだろう。
 だから例えば、派遣会社の業界団体を設立して事業規模に比例して出資させ研修センターをいくつか作るのはどうだろう。派遣会社に就職した人は必ずそこで一定期間研修を受けることを義務づけることにより、社会人としての基礎的なスキルも身につけられるから、仮に派遣切りにあっても、どこかで再雇用される確率は高まると思うし、正社員として雇用されるチャンスも高まるだろう。
 補助金や社会保障を積み増せば、一時的には救われるかもしれないが、その子供たちに貧困が継承されてしまうかもしれない。ならば、そのお金をスキルアップの仕組み作りとそれを指導する人の確保に使ったほうが、後々よいかもしれない。

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テロリズムの罠 左巻 新自由主義社会の行方

外からの影響によって生じる内の論理
評価:☆☆☆☆★
 新自由主義をマルクスの視点から分析し、現在の政治情勢の推移する先に待っているかもしれない革命を阻止するという立場でまとめた論考のようだ。はじめに、秋葉原連続殺人事件と最近死刑を執行された二人の死刑囚に見られる共通点の分析からはじめ、「蟹工船」ブームに見られる現代の政治思想の行き詰まりを示し、国家の体現者たる官僚の内在ロジックを明らかにしている。
 死刑囚の内なる論理構造と新自由主義の思想の共通点や、同時代のプロレタリア文学に見られる現実性と文学性の違いなど、公開情報の中に潜むインテリジェンスみたいなものを表出させているのは面白い。
 ただ、日本社会の将来姿として農本主義を提案しているように感じたが、果たして今の人口を支えられるだけの国土が日本という国にあるかどうかは疑問だ。資源に対する閉塞感が日本を第二次大戦へのレールに乗せる一因だったと思うと、殷周の昔に帰るのは現実的ではない気がする。これが現実になるには、再び日本の国力が今の半分くらいになる必要があるだろう。

 明治維新以後140年以上の時間をかけて、日本人は少しずつ変化してきたのだと思う。著者は、国民が代わらない限り体制を変えても意味はないという趣旨のことを、他の人物の言葉を借りて主張しているが、それはその通りだろう。そして今後も変わり続けざるを得ないのだが、その方向性が明確ではないために迷走する。こんなとき、明確な指針を示す人物が現れれば、一気になびくこともあるのかも知れない。
 歴史の専門家ではないが、日本における革命は外部から引き起こされてきたと思う。草の根運動から湧き上がる革命は起きたことがない。百姓一揆を見ても分かるように、自分たちが変えるという意識よりも、お上に変えてもらうという意識が強いのだろう。だから現代でも、何か事件があれば教育制度や社会などのせいにする論調が生まれやすい。

 もしかすると、こういう気質の国には中央集権制は向いていないのかもしれない。なぜなら、行政には苦情を拾い上げる機能が求められることになり、それを中央官僚に求めることは酷だからだ。大きな政府を目指すとしても、大きいのは中央ではなく地方政府、ということになるかも知れない。。
 ところで、「JCのメンバーは、(中略)機会費用を失っていることになる。」という文章は、経済合理性の批判という論旨から考えて、なかなか面白いジョークだったと思う。

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国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて

官僚としての死を受け入れながらも世界を冷静に分析しつづける男
評価:☆☆☆☆☆
 自らにかけられた容疑とその裁判の記録にもかかわらず、ドロドロした部分がない。論理は明快で読後感はさわやか。不思議なものを読んだ気分だ。外務省主任分析官にして鈴木宗男衆議院議員の腰巾着。逮捕当時、そのような論調で報道された著者による自らの事件の分析記録が本書である。
 「国策捜査」。本書のキーワードとして出てくるのがその言葉である。これは、国民が感じる社会に対する不満を解消するため悪役を作り出し、それを代理で裁くことによって、不満を感じる原因となっている社会構造の不備などを解消しようとする働き(政治的思惑も含まれるだろうが)のことである。
 なぜ鈴木宗男氏と著者はこの「国策捜査」の対象にされたのか。それに対する著者の分析が興味深い。これには、日本社会および国民性の変化の兆しが関係しているという。一つは、日本の社会主義的な利益の平等配分から傾斜配分への移行。もう一つは、協調主義的外交からナショナリズム優先の外交への移行である。この時代変化の潮目にいたのが、旧来の地域利益誘導型(正しい表現かは分からないが)の政治家であり、協調主義的なロシア外交を展開していた同氏だというのだ。そして、この2つの潮流は異なるベクトルを持っており、容易に両立しうるものではなく、いずれ揺り戻しが起こる可能性があると看破している。そして、実際にそれは起こりつつあるのではないだろうか。
 ボクは本作を著者が登場する別の対談集で知った。そちらの対談集で感じる著者の印象は、自らの業績に酔いしれるエリートというもので、若干、鼻持ちならなく感じた。しかし、本作から感じる印象は、冷静な分析者のそれである。一体どちらが本当の姿なのだろうか。

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インテリジェンス 武器なき戦争 (共著:手嶋龍一)

ばかしあい
評価:☆☆☆☆★
 外務省のラスプーチン、鈴木宗男衆議院議員の事件で有名になった佐藤優氏との対談集。著者がテレビで口にする、インテリジェンスというものが何なのか良く分からなかったので読んでみた。要するに、諜報活動で得られた情報、ということですか。それならそうと言ってくれれば良いのに。
 このインテリジェンスが国家にとってどれほど重要か、ということは本書を読めばよく分かります。そして、このインテリジェンスにかかわる人間が、どれほど賢く、慎重で、思慮深いかということも。インテリジェンスはむやみに公開されるものではなく、その行使には責任が伴うということも。
 しかし、ここで疑問が一つ。文中では、対談されているお二人は、今後もインテリジェンスの世界にかかわっていく気が満々のご様子。それなのに、こんな表舞台で内幕を明らかにしてしまっても良いのでしょうか。ご自分のキャリアをフイにして、日本国民を目覚めさせようとしているのでしょうか。
 それとも、お互いをほめ殺しにし、功績をたたえあうこの本自体が、インテリジェンス活動の一環なのでしょうか。すると、これを読んでいるボクもそれに巻き込まれていることに…
 主張には数々うなずけるところもありますし、読んでいて面白いです。

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