塚本哲也作品の書評/レビュー

メッテルニヒ 危機と混迷を乗り切った保守政治家

嵐の中でこそ輝ける灯台
評価:☆☆☆☆★
 オーストリア帝国の外相・宰相を務めたメッテルニヒの様々な出来事における判断を、他者の著作を引用しながら、おおよそ時系列順に紹介している。キーワードは、体制維持を基本としているが柔軟性もある保守政治家、というところだろうか。
 彼の政治家としての人生はフランス革命に始まる。そしてこの時の経験は、彼の政治家としての方向性を最後まで縛りつけることになる。

 長身で端正な顔立ち、深い知性を持ち教養が高く、話が面白くて女性にもてる。これだけ人も羨む面を持つメッテルニヒであるが、晩年の衰えを知るにつけ、平和の敵ナポレオンという太陽があってこそ、十分に光り輝くことができる月だったのではないかと思えてしまう。メッテルニヒが外交官としての頂点を迎える時期は、まさにナポレオンがヨーロッパを席巻する時期と合致していた。

 オーストリア、プロイセン、ロシアという帝国が、ナポレオン率いるフランスに戦争では全く勝つことができない。その状況で彼は、オーストリアの武装中立を表明し、戦争に倦みつつあったヨーロッパの想いを背景として、戦争に依らずして外交問題を解決するか、という点に注力していく。そして、ナポレオンとの息詰まる和平交渉。
 しかし、努力空しく戦争は再び起きる。その場合に備えて、各国の連携を確立し、大英帝国を巻き込んで、ナポレオンを破滅に追い込むための下地作りは忘れないのが、メッテルニヒという政治家だった。そして、戦争への勝利。

 戦後、ウィーン会議を切り回し、ヨーロッパの宰相として辣腕をふるい、長く政権の座に留まるものの、押し寄せる革命の波に対する対応は上手くいかず、内政は生彩を欠くものとなってしまう。
 彼にとって政治とは貴族のものであって、民衆が考える頭を持っていることを前提とする革命は、想像の範疇の外にあったということなのだろう。そして、仮に見える目を持っていたとしても、年齢による衰えは、人を保守的にさせていく。
 どれだけ業績のある人でも、晩年の身の処し方は、本当に難しいものだと思う。


 本書を読んでいて思ったのだが、イギリスとヨーロッパ、日本と中国の両関係は、良く似ていると思う。イギリスの文化的始まりは古代ローマの侵攻から始まるのに対し、日本も中国から強い文化的影響を受けてきた。そして、どちらも海に隔てられていて、基本的に不干渉の姿勢を貫いている。
 しかし、産業革命の波はイギリスからヨーロッパを席巻したし、明治維新後の日本の帝国化の波は中国の方向性にも大きく影響を与えたと思う。この様に、相互に影響を与えながら常に変化するのが、大陸と傍らの島国の関係性なのかも知れない。
 そして、輸送機関の進歩は世界の距離を縮め、日本の傍らにある大陸を一つ増やした。それがアメリカ大陸である。二つの大陸に挟まれた島国は、これからどこを目指せば良いのか。そんなことを考える。

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マリー・ルイーゼ ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ(下)

ひとりの人生が世界に与える影響
評価:☆☆☆☆★
 ナポレオンとの間の子ども、フランツ(後のライヒシュタット公爵)と別れ、マリー・ルイーゼは、イタリアのパルマ公国に一代限りの女王として就任することが決まる。これも彼女自身の意思ではなく、宰相メッテルニヒやフランツ皇帝が、ナポレオンのいるセント・ヘレナ島へ行くことも、息子と共にフランスへ行くことも禁じた結果であった。
 彼女の下に首相として遣わされたナイペルクを内縁の夫とし、その彼との間に男女一人ずつの子どもをもうけたのも、ナポレオンを完全に振り切らせるために彼を彼女の下へと遣わした皇帝や宰相の思惑が働いていなかったとはいえない。そしてこの行動は、幼いライヒシュタット公爵に寂しい思いをさせる結果にもなってしまう。

 だが、為政者としてのマリー・ルイーゼは、当時の革命からの反動保守的な風潮とは一線を画していた。私財を投じ、産院の充実を通じた女性の保護や、音楽施設の建設による文化的な援助などを実現したし、首相と共に住民と対話をし、彼らが本当に望んでいるものを提供しようとした。ゆえに、今でも彼女は、パルマで善き女王として語られているそうだ。

 だが、彼女の激動の人生は終わらない。息子のライヒシュタット公爵を若くしてなくし、夫のナイペルクにも先立たれ、彼との間の子どもはハプスブルク家の子として認められない。
 そんな中でも、新たな首相ボンベルを三番目の夫とし、イタリア全土をナショナリズムの風が吹き荒れる中、パルマに平穏を保ちつつ、その生涯を閉じる。

 彼女の死の少しあと、メッテルニヒが宰相を辞任したことをきっかけとして、ハプスブルク家は一気に凋落の道をたどり始める。そこに、マリー・ルイーゼが残したものも影響していた。
 ナイペルクとの長男はオーストリアの騎兵大将となり、その子のモンテ・ヌォーヴォ侯爵は、後にフランツ・ヨーゼフ皇帝の内務大臣となる。彼がフェルディナンド大公にした仕打ちが、第一次世界大戦の引き金にも関係してくるのだ。

 ほんの少しのきっかけが、一人の人間の人生を狂わし、その人間の地位が高ければ歴史まで変動しかねなかったのが、この時代の特徴といえるかも知れない。
 逆に言えば、どれほど地位が高くても代えがきく仕組みを作り上げたのが、現代なのかも知れない。

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マリー・ルイーゼ ナポレオンの皇妃からパルマ公国女王へ(上)

ナポレオンの二番目の妻の物語
評価:☆☆☆☆★
 ヨーロッパ大陸がナポレオンという一代の英雄にして戦争屋により蹂躙され、かつてヨーロッパを支配していた王朝が右往左往していた頃、フランス・ブルボン王朝の王妃として断頭台の露と消えたマリー・アントワネットを大叔母に持つ皇女が、ハプスブルク家にいた。それがマリー・ルイーゼだ。
 ナポレオン戦争によりウィーンを追われ、戦乱の中で困窮した少女時代を過ごした彼女は、17歳の時に、憎き皇帝ナポレオンの皇妃となることを、父であるオーストリア皇帝フランツと、その外相メッテルニヒによって要請される。

 水回りに出没する黒い昆虫の様に、ナポレオンのことを嫌っていたマリー・ルイーゼだったが、フランスへの嫁入りの道中、ナポレオンによる彼女の寝所への奇襲攻撃を受け、パリで暮らすようになってからは、一転して、ナポレオンを熱愛し、彼がいなくては寂しくては暮らせないような状況になってしまう。
 一方でナポレオンも、先妻のジョセフィーヌとは違い、高貴な生まれながら家庭的で、飛びぬけた美人ではないながらもやさしいマリー・ルイーゼを愛し、初めて家庭の安らぎを得るのだった。

 しかし、本来の気質である戦争屋としての生き方は変えるべくもなく、彼女をパリにおいての戦争三昧の日々が続く。そして決定的な失敗であるロシア遠征、ライプツィヒの敗北によって、二人の間は引き裂かれるのであった。

 そんなマリー・ルイーゼを主役にした本なのだが、特に前半は、ナポレオンとメッテルニヒが主役といった方が良いような歴史物語となっている。ナポレオンは軍事的に、メッテルニヒは外交的に対抗し合い、それがナポレオン側に傾けばマリー・ルイーゼが嫁に行き、メッテルニヒ側に傾けば二人が引き離されるという感じだ。
 しかし、引き離された後のマリー・ルイーゼが悲嘆にくれてばかりかというと、そういうわけでもない。まだ当時22歳の若き女性なのだ。それに、深窓の令嬢として育てられたわけだから、急激な政治情勢に容易に順応できるわけでもない。
 寂しさを紛らわすように、オーストリアから監視役として派遣されたナイペルク将軍の愛人になってみたり、ナポレオンからエルバ島に来ないかと誘われても色々と理由をつけて結局は行かなかったり、状況に流されるように生きている。

 上巻はナポレオンがワーテルローで敗北し、セント・ヘレナ島に流されるところで終わる。一代限りの女王としてパルマ公国に赴くマリー・ルイーゼと、その息子の元ローマ王の運命がどうなるか。それは下巻で描かれるだろう。

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エリザベート ハプスブルク家最後の皇女(下)

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エリザベート ハプスブルク家最後の皇女(上)

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