與那覇潤作品の書評/レビュー

中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史

歴史事実を読み直す
評価:☆☆☆☆★
 「歴史に裏切られた武士 平清盛(上杉和彦)」「父が子に語る近現代史(小島毅)」「それでも、日本人は「戦争」を選んだ(加藤陽子)」「現代日本の転機 「自由」と「安定」のジレンマ(高原基彰)」などの、ここ二十年で定説となって来た新たな歴史観を、「中国化」「再江戸時代化」という言説に基づいて整理した歴史論考と読める。

 特に「中国化」というのがある人たちを刺激しそうな表現ではあるが、ここでは宋の時代における近世の社会構造変革への追随を意味している。この変革とは「A 権威と権力の一致」「B 政治と道徳の一体化」「C 地位の一貫性の上昇」「D 市場ベースの秩序の流動化」「E 人間関係のネットワーク化」を指している。
 これを読みかえると、皇帝と郡県制に基づく中央集権体制を構築(A)し、朱子学により自らの正統性を喧伝(B)し、貴族を排し科挙により能力のある人材を血縁とは無関係に登用(C)し、自由主義経済による機会均等を実現(D)し、宗族という父系血縁ネットワークをセーフティーネットとすることで結果均等の不備を是正(E)する、ことが「中国化」ということらしい。そしてこれはかなりの確度で、グローバル自由主義経済という概念に合致する。

 しかし、日本における近世はこの真逆を行った。天皇家と徳川将軍家が権威と権力を分担(A')し、幕藩体制による政治と庶民は完全に乖離(B')し、身分制度が固定化(C')し、人の移動は禁じ(D')られ、イエやムラがセーフティネットとして機能(E')する、ことを「再江戸時代化」と定義している。

 以上の前提に基づき、本書では四つの問いに答えを見出している。すなわち「(1) 世界に先駆けて自由主義経済を実現した中国ではなく、それに追随したヨーロッパが産業革命を成し遂げた理由は?」「(2) 近代において西洋が中国を逆転した理由は?」「(3) “近代化”“西洋化”の遅れた中国が大国に返り咲いた理由は?」「(4) 歴史上は先進国だった中国で人権意識や議会政治が発展しない理由は?」である。
 この問いに答える過程で、中世の入口から近代、そして現代に至るまでの歴史を振り返りながら、そこで起きた出来事を「中国化」「再江戸時代化」の言説で読みなおしつつ、将来の日本の政治の行く末を占っていく構成になっている。

 この視点から見た場合、平氏と源氏の勢力争いや、南北朝時代の原因、織田信長と本願寺の戦い、鎖国政策や明治維新、田中角栄や小泉純一郎の政治など、節目節目の出来事が、政治思想の回帰と揺り戻しの繰り返しであることが分かってきて面白い。
 また、本書の展開の特徴として、歴史的事実とサブカルチャーにおける暗喩の比較がなされており、著者の若手研究者らしい新たな側面からの歴史評価の手法が見られることも挙げられるだろう。

 なお、所々血気盛んなところが嫌味に見えることが気になる人もいるかもしれない。


四つの問いの答えの理解:
 (1) 明代に大量の銀を輸入したものの貨幣の裏付けとして保持しただけの一方で、植民地からの銀の流入でインフレが起きた欧州では投資を盛んにしたため
 (2) 結果の均等の不備を防ぐための機構が過剰人口を招き、中国はコントロール不能になったため
 (3) 欧米に先駆けるか同時に、中国は新自由主義に再転換したため
 (4) 人権や議会は貴族権利の拡張の結果であり、そもそも宋の時代に貴族を廃止した中国にはその基盤が存在しないため

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