小川洋子作品の書評/レビュー

猫を抱いて象と泳ぐ

自由に生きるための枠組み
評価:☆☆☆☆☆
 自由は人間が求めるものだけれど、本当に完全な自由の下では意外に生きづらいかも知れない。例えば、重力という束縛から解き放たれたら、どこを地面として生活したら良いかも定まらなくなる。愛という概念は何ものからも自由な気がするけれど、人や動物や国という形からも自由になってしまえば愛することも出来ないかも知れない。
 だから、人間が自由を行使するには、自然法則やルールなど、世界を形作る枠組み・世界の輪郭が重要な要素となると思う。

 本作品の主人公はチェス・プレイヤーとなる少年だ。
 囲碁や将棋、チェスに代表されるゲームでは、盤上に表現される駒の動きを"宇宙"と対比させて表現する。この宇宙が人々を魅了するのは、プレイヤー全てが共通して理解できる世界だからであり、共通して理解できるのは、8×8という枠組み、そして6種類の駒が決まったルールに基づいて動くからでもある。
 これを象徴するかの様に、リトル・アリョーヒンが出会う人々は閉じられた世界の中で生きている。デパートの屋上で生涯を終えた象のインディラ。改造したバスの中で生活するマスター。地下世界にしか生活の場を求められないミイラ。小さなロープウェーでしか行くことの出来ない施設で生活する人々。だが彼らは不幸なわけではなく、その枠組みの中でそれぞれの宇宙を形成している。

 枠組みの中で人が生きるのであれば、人の生き様が枠組みをつくるとも言える。だから、チェスだけに生きるリトル・アリョーヒンの言葉は棋譜にある。しかし、棋譜だけでは伝えきれない想いも確かにある。それは、互いに駒を動かす二人が、矛盾するようではあるが、完全に同じ言葉を共有しているわけではないからだろう。
 そのずれを埋めるために、盤の外側にも世界がある。だが、リトル・アリョーヒンの世界は、チェス盤の外側を臨みながらも、棋譜の中だけで閉じた。けれども、残された棋譜から伝えられる想いは、届けるべき者に届いたに違いない。

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