橋本長道作品の書評/レビュー

サラの柔らかな香車

他人とは異なるイメージの威力
評価:☆☆☆☆★
 「サラの柔らかな香車」と書かれた黄色い文字のタイトルを見て、不思議な感じを受けた。将棋を全く知らない人には分からないだろうが、香車と言えば、一番下段から真っ直ぐに突き刺さる槍。個人的には色で言えば赤のイメージだし、柔らかいの対局にある駒だ。しかしそれを覆したこのタイトルに、作者の人生観が詰め込まれている。そんな感想を抱いた。

 棋界の頂点に立つ芥川名人に新進の石黒竜王が挑む名人戦の大盤解説会場には、奇妙な空気が漂っていた。次の一手を当てるゲームで金髪碧眼の少女が述べた後手3六歩を、実際に名人が指したのだ。
 大盤解説をしていた施川航五段や萩原塔子女流三段、誰もが思いつきもしなかった一手が刺された途端、盤面は名人優勢に傾いていく。そんな一手を、外国人の少女が指すとは…。その彼女が表舞台に登場するまでは、あと四年の月日を経る必要があった。

 その少女の名は、護池・レメディオス・サラ。小学校からも見捨てられた彼女は、元奨励会三段の瀬尾健司にめぐり合い、同い年のテレビで有名な天才少女・北森七海と対局し、棋力を高めていく。

 主人公はサラという少女のはずなのだが、中盤からは瀬尾健司という男が物語の流れを作っていく。彼はかつて萩原塔子と共に三段リーグに在籍していたものの、塔子が理由も告げずに女流棋界に転身した後、年齢制限に切られて奨励会を退会することになった人物だ。
 パチプロに身をやつし、生きる気力もないままに生きていた彼は、公園でブランコを漕ぐ少女に才能を見て、彼女を将棋界に差し向ける刺客として、自由奔放に育てていく。

 自らが突きつけられた才能という壁。自身の存在意義の崩壊。そんな地獄を潜り抜けた後にめぐり合った、それを乗り越えられる才能。瀬尾は自らは掴めなかった真理に至りうる存在を開花させるため、彼女に合わせた指導を施すのだ。
 意味の良く分からない才能という言葉に振り回され、中途半端に才能があるからこそ、彼我に横たわる断崖に気づけてしまう不幸。しかしそれでも嫌いになり切れないのが、将棋というゲームなのかもしれない。

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