アルフレッド・ベスター作品の書評/レビュー

虎よ、虎よ! 新装版(訳 中田耕治)

復讐劇の果てに辿り着く希望の未来
評価:☆☆☆☆★
 ガリヴァー・フォイルは、遭難した宇宙船ノーマッドでただ一人生き残った。漂流から6ヶ月目、ようやく付近を航行した宇宙船ヴォーガに救難信号を送るものの、ヴォーガはそれに気づきながら反転して去ってしまう。そしてその絶望は、無学で粗野で気力もないフォイルに、復讐という原動力を与えた。
 懸命になってノーマッドの機能を回復させ生き延びようとしたフォイルは、アステロイドベルトで異文化の人々に捕らえられ、顔中に虎のごとき縞模様の刺青を施されてしまう。何とか脱出して地球に生還したフォイルは、ヴォーガと、それを所有するプレスタイン一族に対して復讐を開始する。その行動は知らぬうちに、宇宙における政治・経済戦争の行方とも関連することになるのだった。

 人類にジョウントという瞬間移動の能力が目覚め、それを利用した悪行が蔓延り、治安が悪化してしまっている世界において、見殺しにされたという怒りのみで行動する男が、2人の女性ロビン・ウエンズバリやジスベラ・マックイーンを利用し傷つけながら、しかし最終的に大きな成長を果たすことになる。

 この作品世界は、ジョウントという便利な能力が開花してしまったために、それを悪用する者が現れ、そして争いが絶えない場所となってしまった。そして、それを悪用して楽をすることしか考えず、自らを理解し鍛えるという考え方が失われてしまっている。
 しかし逆に考えると、ジョウントさえなければ人類は立派な世界を営めていたと見ることも出来るわけで、作者の人類に対する希望が失われていないことも示唆しているといえるだろう。

 ジョウントは、人の他者に対する物理的境界を強引に無視する能力だ。たとえ自宅の中にでも突然現れることが出来るため、一時も心の休まる時がない。この物理的な能力に対応する様に、精神感応という、相手の精神の壁を強引に乗り越えて意思疎通を図る能力も登場する。これも、自分が知られたくないと思っていることを筒抜けにしてしまうという意味で、恐ろしい能力だ。
 そんな中で作者がフォイルのパートナーの一人に選んだロビンは、自分の心は駄々漏れになるが相手の心は読めないという不完全なテレパスだ。この能力は本人にとっては不幸だが、他人から見れば悪意を隠しておくこともできないので、騙される心配のない人物ということになる。

 物理的であれ精神的であれ、相手の意志や立場を無視した強引なやり方は、悪意や闘争の種となる。相手を慮り、相手の意志を尊重して、相手の考えを誤解することなく理解する。そういうやり方が素晴らしい世界を築くヒントだ。そんな考え方が、この本のラストからは読み取れるような気がして仕方がない。

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