有川浩作品の書評/レビュー

項目 内容
氏名 有川 浩 (ありかわ ひろ)
主要な著作

 有川浩さんの作品の書評/レビューを掲載しています。

アンマーとぼくら

/dd>
評価:☆☆☆☆☆


倒れるときは前のめり

/dd>
評価:☆☆☆☆☆


キャロリング

/dd>
評価:☆☆☆☆☆


明日の子供たち

/dd>
評価:☆☆☆☆☆


旅猫リポート

人生の軌跡をたどる旅
評価:☆☆☆☆☆
 ある一匹の野良猫が交通事故をきっかけに、宮脇悟の猫となった。サトルが名付けた名前はナナ、雄猫である。
 そんな一人と一匹は、ある日、銀色のワゴンに乗って旅に出る。ナナの新しい飼手を見つけるため、引き取ると申し出てくれた人たちに会いに行くのだ。小学時代の友人の澤田幸介、中学時代の友人の吉峰大吾、高校と大学時代の友人の杉修介と咲田千佳子の夫妻。そして一人と一匹の旅は、サトルの叔母の香島法子のもとで終わりを告げることになる。

 ナナが語り部となっているため、行く先々で出会う犬や猫との会話も重要な要素で、人間が表に出さない言葉を表に出したりもする。猫のもらい手を探す旅でありながら、思い出に浸る旅でもあり、今の幸せを噛みしめる旅でもある。
 サトルに関する謎が、一章ごとに少しずつ開示されていくのだが、もう出尽くしたかと思ったところでさらに上乗せされる事実が、サトルの生き様をより鮮烈に彩っていく。そしてその謎が、彼がこれまで取ってきた行動に意味づけを与える構成となっている。

 最後はしんみりとした感じもするけどね。

空飛ぶ広報室

航空自衛隊の中の人
評価:☆☆☆☆☆
 F-15のパイロットだった空井大祐二尉は、ブルーインパルスの内示が出た数日後に、横断歩道で信号待ちをしていたところをトラックに突っ込まれ、全治三ヶ月の重傷を負ってしまう。日常生活に支障がない状態までは完治したものの、膝の半月板が損傷し、パイロットとしてはクビになってしまう。
 それでも貼り付けたような笑顔のまま、仕方ないと受け入れた彼を心配する上層部が送り込んだ先は、航空幕僚監部広報室だった。室長の鷺坂正司一佐に、帝都テレビのディレクター稲葉リカに引き合わされた空井大祐二尉は、彼女がパイロットを人殺しと暴言を吐くのを聞き、思わず怒鳴り返してしまう。それは彼が事故後に初めて感情を爆発させた瞬間だった。

 元々、新人事件記者として、取材対象に強引な手法で対して来た稲葉リカも、入社三年、馬鹿にしていた同僚たちに追い抜かれ、腫れ物扱いで報道に回されてきた人材だ。彼女は取材対象も人間であることを空井の爆発で初めて実感し、取材者として新たな一歩を歩み始める。
 その企画として彼女が立ち上げたのが、航空自衛隊を広報する広報室のドキュメンタリー取材をすることだった。空井大祐二尉を担当としながら、過去の経験が元で無駄美人となった柚木典子三佐、風紀委員の様な槙博巳三佐、猪突猛進体育会系の片山和宣一尉、個人的信条で昇任試験を受けない報道一筋の比嘉哲広一曹ら、広報室にいる“人間”に着目することで、今までいかに自衛隊を“モノ”として扱ってきたのか、そのことを自覚させられてしまう。

 自衛隊広報作家の面目躍如とも言うべき作品で、広報室にいる人という視点から航空自衛隊を描いている。最後に、東日本大震災の時の松島の様子を、松島基地に転属になった空井大祐二尉を通じて語る短編も収録している。
 またまたいつものように大甘展開かと思ったのだが、甘さは要素として含みつつも、あくまで自衛官という人間にスポットを当てることを忘れない、節度ある作品になっていると思う。

三匹のおっさん ふたたび

おっさんの息子たちも頑張る
評価:☆☆☆☆☆
 剣道師範のキヨこと清田清一、柔道の猛者シゲこと立花重雄、頭脳派ノリこと有村則夫という、還暦周辺のおっさん三匹が自警団を結成してご近所の平和を守る!そのおかげで知り合ったキヨの孫の清田祐希とノリの娘の有村早苗という高校生カップルも誕生した。

 詐欺商法に騙されて自分の世間知らずさを痛感したキヨの息子の清田健児の妻・貴子は、肉屋さんのパートに出てお金を稼ぐことの重みを思い知らされていた。ところがそのパート先で彼女はお嬢さま扱いでバカにされてしまい、中々なじむことが出来ない。そんなとき、彼女に声をかけて来るパート仲間がいて…。
 男やもめのノリにお見合い話がやってくる。しかしタイミングは最悪で、早苗は緑川市立商科大の受験真っ最中だ。しかし、もう子どもとは言えない年齢になっている彼女は、自分のもやもやした気持ちを抑え込んで、成績に悪影響が及んでしまう。そんな愚痴を話せるのは祐希だけだった。

 他にも、書店の万引きに関する騒動や、シゲの息子の立花康生が妻の理恵子に語る、健児との幼き日の思い出という、第二世代に関するエピソード、昨今の様々な場所でのマナーと人の悪意についてのストーリー、キヨの妻・登美子の学生時代の思い出が今に及ぼす影響など、アクションとしては控えめになっているけれども、現状に即した、身近なアレこれを取り上げている。

 同時収録は、早苗の同級生の富永潤子の小学生の頃の思い出を「植物図鑑」のスピンオフの様に仕上げた短編「好きだよと言えずに初恋は、」は、ヒメオドリコソウが主役の、子どもの世界の悪意を描いた物語だ。

ヒア・カムズ・ザ・サン

20年ぶりの再会をつなぐ隠された思い
評価:☆☆☆☆☆
 出版社の編集である古川真也は、同僚・大場カオルの父・白石晴男が20年ぶりの帰国に立ち会うことになる。ハリウッドで働いているという晴男だが、真也には別の光景が見えた。真也には物に込められた思いを読み取る能力があるのだ。
 そんなあらすじから作者が書いた中編と、同じく脚本となり上演された演劇に触発されて作者が書いた中編が収録されている。導入時の雰囲気、構成、設定の活かし方は少し異なるのだが、一方を読んでいるときにはもう一方の設定を忘れさせるほどのエネルギーがそれぞれにあり、どちらも気持ち良くまとめられている。


「ヒア・カムズ・ザ・サン」
 こちらでは、真也とカオルは同期の同僚。小説誌の企画でカオルの父親を取り上げることになる。彼はハリウッドで大ヒットした映画のシリーズ構成を担当している謎の日本人・HALなのだ。
 しかし、20年間、音信不通であり、普通の父親らしいことをしてくれなかったHALに、カオルはなるべくならば会いたくはない。だが、HALがカオルに書いた手紙から圧倒的なまでの感情を感じ取った真也は、意外な真相を明らかにしながら、父娘の積年の思いを解きほぐす手伝いをすることになる。

 ちょっとライトな雰囲気から入り、徐々にへヴィーに、ディープになっていく構成に引き込まれる。本筋とは別に、作家と編集の関係について触れられたサブエピソードなどは、作者の思いを現しているようで興味深い。

「ヒア・カムズ・ザ・サン parallel」
 こちらでは、真也とカオルは結婚を間近に控えた恋人。そして父親はハリウッドの底辺にしがみつく、夢を手放せない脚本家になっている。
 同じく、関係が良好でない父娘の仲を、将来の義父に対する立場として取り持とうとするのだが、一人ではなかなか上手くいかない。前編に比べればまだ経験不足な面が見え隠れする。そのあたりは、周囲の大人たち、岩沼編集長や母親などがフォローしつつ、対話によって能力を補いラストに至る感じだ。

 当初はコミカルなタッチで入り、観客の興味を引くキャッチーな構成になっているのだが、娘に対する父親の思いは前編よりもある意味で深刻で、それと父親の言動とのギャップが読者をのめり込ませていく。分かりやすいところは分かりやすく、感動的なところは感動的に、という印象。

もう一つのシアター! 有川浩脚本集

ライブ感あふれる脚本
評価:☆☆☆☆☆
 破産寸前の小劇団「シアターフラッグ」が地方の高校で「掃きだめトレジャー」の公演を行うことになった。初めての経験に、巧をはじめ、劇団員たちはテンション高め。一方、司は、チケット収入も物販収入も期待が持てない高校公演に、冷ややかな視線を向ける。

 高校教師・田沼清一郎と、高校生・清田祐希のサポートを得て公演の準備を始める劇団員たちだったが、何故かトラブルが連発!小道具に使うゴミは捨てられてしまう、別送の舞台装置は届かない、パンフレットの印刷ミスが発生と、誰かの妨害が入っているとしか思えない。
 開演までの限られた時間の中、劇団員同士がぶつかり合いながら、それでも事態を打開するため、様々な工夫を繰り出していく。

 そして最後に明らかになる、妨害犯の抱く想いとは…?


 作者の、演劇のライブ感を伝えたい!という思いがあふれる脚本になっている。この強さが受け入れられない人には受け入れられないのかもしれないな。個人的には大好きなんだけれど。
 この脚本を読むと、実際のお芝居はどんな感じだったのかが、とても気になるでしょう。でも、司の出番が控えめだったのがちょっと残念。

   bk1
   
   amazon
   

県庁おもてなし課

見えてくる別の視点
評価:☆☆☆☆☆
 県庁おもてなし課。高知県の観光発展のため独創性と積極性をもって自由に企画立案するための部署…なのだが、非常に残念なことに県庁職員の成分にはその2つは入っていない。とりあえずよそもやっているからということで、高知出身の有名人に観光特使になってもらうことにした。

 おもてなし課の掛水史貴が担当するのは作家・吉門喬介。観光特使といってもただ名刺をばらまいたりしてもらうだけだし、簡単に受けてもらえるだろうと考えていた掛水だが、その吉門から観光特使の実効性について様々な質問をされ、全く答えられない自分に気づく。それはそうだろう、全く考えていなかったのだから。

 課員の中には苦言を呈する吉門を嫌う人々もいたが、彼の言うことには一理も二理もあるということを実感した掛水は、彼にアドバイスを依頼する。しかし本業もある吉門は、代わりに「パンダ誘致論」という謎のワードを残し、彼に調べてみるよう告げる。
 パンダ誘致論とは、二十年以上前に高知観光立県化を掲げ、前例無視で様々な実現案をまとめながら、それを嫌った上層部により放逐された県職員・清遠和政の掲げた政策だったのだ。

 清遠の存在を調べてくれたバイトの明神多紀をアシスタントとして、清遠和政を口説き落とすためにアプローチをする掛水だったが、彼にたどり着くまでには、県庁に恨みを持つ彼の娘・佐和が障害として立ちふさがるのだった。

 民間の視点から見たときにどれだけ県庁職員の考え方が特殊かということを詳らかにしながら、実際に高知というフィールドを生かして魅力ある観光資源を掘り起こすアイデアをベースに、そんな県庁職員たちがどんどん成長していく姿を描いている。
 そしてその裏面に、掛水と多紀、清遠家と吉門の恋愛模様、人間模様を織り交ぜている。

 地元の人には珍しくないものでも、観光客には珍しいものなんだ、それが観光資源になるんだ、という様な、視点の切替がきらりと光る。もしかすると、故郷を活性化するために尽力してみたくなったりするかもしれない。
 個人的には、もし掛水くんが県庁を辞める時が来たら、多紀ちゃんがどういう反応をするかが気になる。

 ちなみに、作者は本書の印税を東北地方太平洋沖地震の被災地に全額寄付するそうだ。

   bk1
   
   amazon
   

Story Seller (3) 面白いお話、またまた売ります。

ごく普通のアンソロジー
評価:☆☆☆☆★
 沢木耕太郎「男派と女派 ポーカー・フェイス」、近藤史恵「ゴールよりももっと遠く」、湊かなえ「楽園」、有川浩「作家的一週間」、米澤穂信「満願」、佐藤友哉「555のコッペン」、さだまさし「片恋」を収録している。

 沢木耕太郎は、旅エッセイから男と女、どちらからより多く影響を受けたかという話に展開していく。近藤史恵は自転車レースが人生の全てというような男たちの物語。湊かなえは震災で双子の姉妹を失った片割れが、二十歳を目前にして生き直す物語。
 有川浩は、作家の一週間の生活の様子、特に新聞社との担当との淫猥な表現についてのギリギリを探るやりとりや、短編のネタを拾う様子などを描いている。

 これまでの2冊に比べると、段々とインパクトが弱くなっているかなあという印象を受けた。

   bk1
   
   amazon
   

シアター! (2)

本格商業化へ、負うた子に教えられ?
評価:☆☆☆☆☆
 兄の春川司から運営資金として300万円を借りた劇団シアターフラッグの泣き虫主宰・春川巧は、借金の条件として運営益で2年以内の借金返済ができなければ劇団を解散するという条件をつけられた。人気声優の羽田千歳を女優に加え、兄に2年限定の経理責任者をお願いして、何とか利益を出せるところまではたどり着くことができた。
 今度はこの動員規模を大きくして、安定した採算ベースに乗せるための奮闘が始まる。

 1巻では春川司と羽田千歳がストーリー展開の両輪として活躍したけれど、今回は序盤は控えめ。前巻では劇団メンバーという程度の位置づけでしかなかったキャラクターたちが、大体二人1組になって、4つのetudeを奏でる。このため、おとなしく収まるストーリーばかりではなく、トラブルも多いに発生する。
 エチュードのうちは「春川司先生の電話相談室」みたいな感じで相談役に徹していた鉄血宰相が、STAGEに入ってからは立場を入れ替えてみたり、前半はおとなしくしていた羽田千歳が後半でめちゃくちゃ暴れたり、他のキャラクターたちがそれぞれの生き方を明らかにしてきたり、起伏があってとても面白い。
 この劇団の中で、どういうルートで情報が流れるのかを考えながら、ストーリー展開を読み直しても面白いかもしれない。

   bk1
   
   amazon
   

ストーリー・セラー

一人のための物語でありながら、全ての読者ために書かれた物語でもある
評価:☆☆☆☆☆
 同名アンソロジーの雑誌&文庫に収録されていた著者の同名作品を抜粋してSide.Aとし、同じテーマの書き下ろしをSide.Bとして収録した作品。

 Side.Aは、ひっそりと物語を書き溜めながらも翼を折られていたために飛べなかった女性が、一人の男性と出会い再び翼を得て作家となっていく様子を描く。ここだけ見るとプラス面だけのようだが、冒頭に彼女が不治の病に冒されること、彼女の作家生活を妨害する親類・知人の存在という、強烈なマイナス面も併せて描かれていて、かなりクる。初読の時はしばらく呆然としていた。
 Side.Bは、Side.Aと設定をひっくり返して、読者側が辛い目に会う。

 Side.AもSide.Bも、固有名詞ではなく一般名詞や人称代名詞で登場人物を示していることが、逆に物語に真実味を出させている様な気がして不思議。そして、いずれも虚実入り混じるような感覚を得ることは共通している。

 一人のための物語でありながら、全ての読者ために書かれた物語でもあるという二義性を内包していると思う。

   bk1
   
   amazon
   

好き、だった。 はじめての失恋、七つの話

区切りのつけ方
評価:☆☆☆☆★
 ドロドロよりはどちらかというとスカッとに近い感じの失恋?話が多いと思う。面白さは作品によってかなりまちまちの気がする。

 有川浩『失恋の演算』:双子を見分けられる婚約者を得た兄に悔しさを感じる弟。双子は本当にこういう願望を持っているような気がする。双子兄の方が作者に愛されている感じがするのはなぜだろう。
 朝倉かすみ『ノベライズ』: 誰にでも美点を見出せる女が好きになるのは、必ず誰か好きな人がいる男だった。
 梨屋アリエ『Fleecy Love』: 高校生の少女が抱く幻想とすれ違い。
 石原まこちん『タマママーンを探して』: 売れない漫画家と娘の話。
 吉野万里子『マリン・ロマンティスト』: 社内旅行の先で。
 紺野キリフキ『とげ抜き師』: 「とげ」に抽象化することで、何かを言おうとしている感じ。
 宮木あや子『お葬式』: 初恋の相手のお葬式。

   bk1
   
   amazon
   

Story Seller 2 面白いお話、再び売ります。

いつもと違う面もあれば、同じ面もある
評価:☆☆☆☆☆
 人によってそれぞれ好みの程度はあれど、どのお話も面白く読めるのではないでしょうか。

 沢木耕太郎『マリーとメアリー』は、ブラッディ・マリーというカクテルを軸にしながら舞台を転々とさせるエッセイ。
 伊坂幸太郎『合コンの話』は、最初に二行あらすじを示しておいて、ストーリーの方向性と結末を明らかにしながら、その中で何が起こるのかとワクワクさせながら読ませる。
 近藤史恵『レミング』は、自転車競技の中で勝利を義務づけられるリーダーと、リーダーの勝利のために自分を殺さなければならないアシストの関係を柱として、それぞれの心情が細やかに描かれている。
 有川浩『ヒトモドキ』は、核家族の中に割り込んできた親戚によって狂わされていく人生と、相容れないことが分かっているのに、人に近づかずにはいられない人間の弱さや負の面を描く。このシリーズでの物語は作者の経験が見えるような感じがして、いかにも小説的。
 米澤穂信『リカーシブル』は、親の喪失と少女期の引越しという事件下で感じる"世界の転換"みたいなものの恐ろしさを感じる。そしてそこで至る諦めみたいなもの。
 佐藤友哉『444のイッペン』は、ミステリーのトリックとしては普通だけれど、キャラクターたちの背景に興味がでる。他の作品が気になる感じ。
 本田孝好『日曜日のヤドカリ』は、日常の平凡さの中にも、大事件は起きうるということを教えてくれる。
   bk1
   
   amazon
   

キケン

全力で突っ走りギリギリでかわす
評価:☆☆☆☆☆
 成南電機工科大学機械制御研究部を略して機研、あるいは危険人物に率いられているからキケン。一芸に秀でたような連中が、その専門性を駆使して本気で遊ぶとかなりすごいことも平気でやっちゃうよ、というお話。
 社会人になった部員が昔話を妻にする、という体裁をとっている。あえて言うならば、飲み屋でサラリーマンが語る武勇伝みたいなもの。

 学生運動の時代の影響もあるかもしれないが、学問の自由という名目の下、外に影響を及ぼさなければ、ほぼ治外法権が認められているのが大学という場所だと思う。しかもほぼ大人で行動力もあり、研究室には色々と道具も揃っていたりするので、やろうと思えば大概なんでも出来てしまう。しかし、それが行き過ぎると大事件に発展したりもするので注意が必要。
 その点、この物語では常にアクセルと安全装置がセットになって行動しているので一安心。そしてその安全装置もかなり緩めになっているので、相当大胆な事をしても大丈夫な仕様なのです。

 生活や将来のことをあまり気にせず、言ってしまえばどうでもよい事に本気になって取り組めるのは、学生か本当のお金持ちくらいなんでしょうね。

   bk1
   
   amazon
   

シアター!

演劇で真剣に生きる
評価:☆☆☆☆☆
 借金300万円を抱え解散の危機を迎える小劇団「シアターフラッグ」。劇団を主宰する春川巧は、子供の頃からずっと世話になりっぱなしの兄である、春川司に借金を頼みに行く。司が出した借金の条件は、二年間のうちに劇団の収益のみで借金を返済すること。
 声優である羽田千歳を迎え、お金の稼げる劇団を目指すことになったシアターフラッグは、鉄血宰相・司の下で経営再建(構築?)に乗り出していく。

 作者が仕事の関係で知り合った人から、次の仕事のネタを拾っていく。物事が上手く回る時は、こういう良いサイクルが発生するのだろう。その結果生まれたものが面白いならば、さらに文句はない。
 演劇の内容自体というよりも、劇団が生息する業界、劇団内部の人間関係や演劇に真剣に向かい合う人々の姿を描いた作品だと思う。劇団の常識を一般社会の常識で塗り替えていくのだけれど、全てにそれを押し付けていくのではなくて、演劇の世界と経済の世界の境界線をきっちりと引いて、そこを踏み外さない。司の理解の良さとバランス感覚が巧みだ。

 演劇さえやれていれば幸せというか、演劇にひたって夢を見ていられれば良いと考えていた人たちが、劇団解散の危機をきっかけに演劇で生きていくための術を知る。あるいは自分のいる場所を作っていく。その出発点の物語。

   bk1
   
   amazon
   

フリーター、家を買う。

ズキッと思い当たる節が無きにしも非ず
評価:☆☆☆☆☆
 物語は序盤からズシッと重いものをくらわせてくれる。

 主人公である武誠治は、大学卒業後に就職はしたのだけれど、会社の体質が自分には合わないと思い3ヶ月で退職、フリーターで職を転々としながら居心地の良い実家に引きこもり、ネトゲ廃人と化す。
 まだ本気を出していないだけと言い訳して1年半が過ぎた頃、部屋に運ばれてくる三食がカップメンになったことに憤慨してダイニングに行くと、そこにいたのは名古屋に嫁いだはずの姉で、母親は重度の精神病に罹って言動がおかしくなっていた。

 姉により初めて気付かされる、母親が近所の住民から受けて来たいやがらせの数々。父親の失態と精神病への理解のなさ。自分のちょっとした言動が母親を追い詰めていたという事実。これ以上ないというほどの現実と嫌々ながら直面させられ、何とか社会復帰しようともがき始めるのだけれど、一度失ってしまった信用を取り戻すのは大変なこと。加えて、これまでは癒しの場だった実家も、常に自分の罪と向き合わなければならない場と化している。
 これはかなりつらい。

 初めに落とすだけ落としておいても、地道な努力が認められて再就職すると、段々と物事がうまく回り始めることは救いだ。自分が駄目だったことを認め、それを生かして仕事につなげていく部分では、痛快な気分にもさせてくれる。特に、人材募集のキャッチコピーは秀逸。こういうアイデアが出てくるところはすごいと思う。

 前半がダウナー系の展開なので恋愛要素はいつもに比べて少なめだが、後半から登場する東工大卒中途採用の千葉真奈美との実直なやり取りでは、おなじみ有川節が炸裂する。また、書き下ろされた後日談では、豊川視点で二人のやり取りが描かれていて面白い。

   bk1
   
   amazon
   

植物図鑑

日常というのは普段の生活のことです
評価:☆☆☆☆☆
 作者の描く世界は、普段あるような生活の描写の中に、スパイスの様に虚構がまぶしてある。だから、現実を逸脱しない範囲でありながら、創作として楽しめる作品になるのだと思う。今回は、普段歩いている道の道端にも生えている"雑草"という現実的な風景に、道端に落ちている男の子を拾うという虚構が織り込まれている。
 遠くへ出かけるのだけが行楽なのではないということで、歩きで自転車で野草を摘みに行くのがさやかとイツキのデートみたいなもの。週末に二人して出かけては様々な野草を収穫し、二人で料理する。そういう日々の出来事を通じて、さやかの日常がイツキの日常に取り込まれていく。
 ありえないような設定がほとんどなく、現実的な描写、例えば野山めぐりをする時にトイレの心配が出てくるところとかがボクの好みです。

   bk1
   
   amazon
   

きみが見つける物語 恋愛編

作者の描く女性は日本刀の切り口の様だ
評価:☆☆☆☆★
 有川浩「植物図鑑 Paederia Scandens var. mairei」の感想。
 物事の記憶を引っ張り出すには、何かキーとなるものが必要。それは、映像だったり、声だったり、匂いだったり、色々なんだけれど、この作品のキーは、ヘクソカズラという雑草。それを見た瞬間に思い出される、二人の出会いの物語。
 ボクにも金木犀をキーにして出てくる記憶があるので、面白かったです。

   bk1
   
   amazon
   

Story Seller

短い中にも怒涛のストーリー
評価:☆☆☆☆☆
 表題作である、有川浩「ストーリー・セラー」の感想。
 ただの雨降りの日だと思った。でもその雨粒は森の葉に受け止められ、樹表を伝わって地面に落ち、そして川の源流となった。初めはちょろちょろとした流れも、山を下るに従って水を集め、あっという間に大河になった。そして激流。岩をごろごろと巻き込みつつ、徐々にそれを丸く小さく変えていった先に待っているのは海…かと思いきや、断崖でぶっつりと断ち切られた。
 一気に引きこまれて、唐突に突き放された。そんな感じ。

 趣味で小説を書いている女性が、ちょっとしたアクシデントで初めての読者と出会い、商業作家となるのだけれど、思考すると死んでしまうという奇病に罹るお話。こうやって文章に表現すると陳腐に感じるのだけれど、実際に読むと、色々と自分の心にひだに引っかかるところもあり、一気に引きこまれてしまう。
 この理由は、登場人物たちが現代社会をまさに今生きている、と実感させられるからではないだろうか。物語のためのウソは冒頭の一つだけ。他に起きる出来事は、身近に本当にあるかも、と思わせるものばかりで、そういった小さなホントの積み重ねが、物語のウソすらも現実的に感じさせてくれる。
 「読み応えは長篇並」のコピーは伊達ではないと思った。

   bk1
   
   amazon
   

三匹のおっさん

諦めなんて知らない、自分たちで出来ることをする
評価:☆☆☆☆☆
 タイトルを見てあらすじを読んで、年配の人が現代社会の愚痴をこぼしたり上から目線で説教する内容かとも思ったのですが、その思い込みはちょっと違いましたね。三匹のおっさんは、身近な犯罪を見つけ出し快刀乱麻と断つ正義の味方なのですが、その前に被害者なり、何なり、相手の懐にスッと入り込んでいる。だから、部外者による断罪ではなく、身内からの救いの手なのです。それが傲慢さではなく、やさしい気持ちを感じさせる理由の気がします。

 昔は三匹の悪ガキと称された、還暦近くのおっさん三人組が、周囲のジジイ扱いを嫌い、本業の傍らご町内の自警団を結成します。剣道師範のキヨさん、柔道の猛者シゲさんという武闘派と、機械いじり大好き情報収集担当の頭脳派ノリさんという圧倒的な個性の三人組に加え、キヨさんの孫の祐希やノリさんの娘の早苗など高校生も登場します。
 ご家庭内の問題から、強盗・痴漢の撃退、中学校の動物虐待や催眠商法など、身近な人たちがかかわる事件を、時には圧倒的な武力で、時には情報戦で解決していきます。はじめはおっさんたちがメインなんだけれど、いつの間にやら祐希や早苗が舞台に躍り出て、いつものような有川ワールドが展開されたりもします。

 こういう問題って、若い世代が悪いとか、年配の世代が悪いとか、行政が悪いとか、誰かに責任を押し付けて、それで解決したような気分になってしまいがちです。でも、時代は変化していくものだし、変わったこと自体が悪い訳ではないのだから、限られた条件の中で解決策を模索していくしかないのです。
 このお話は、祖父世代もゆっくり変わるし、孫世代も少しずつ歩み寄る。物語だから都合の良い展開もあるけれど、理想にだけ流されることもない。そんなところが良いと思います。

   bk1
   
   amazon
   

別冊 図書館戦争 (2)

いまのあなたを形作っているものは
評価:☆☆☆☆☆
 自分が何をしたいのかを明確に自覚している人は、やっぱりカッコイイ。でも、普通に学生をやって平和に生きてきた人間が使命感に目覚めるなんて、そうはない訳で、何かしらの転機があって変わっていくのだろう。それには、稲嶺前指令にとっての日野の悪夢なんて歴史的大事件でなくとも、笠原にとっての王子さま事件のように、自分が受けるインパクトの大きな出来事があればよいのだと思う。
 第一話は、本編でもあまり大きく取り上げられることのなかった、どちらかといえば良識派の緒方副隊長の過去話。ごくごく普通の大学生だった緒方が、何となく就職して、何となく生活に慣れてしまい、そして破綻する…だけで終わらずに、明確な目的を持って生き方を変えていく姿がカッコイイ。この話を読むと、緒方の根幹は以外に玄田隊長に似ているんだなあと思えてくる。

 そして、本作の過半を占めるのが、手塚と柴崎の物語。ここまで追い詰めるか、というほど追い詰めておいての最後ハッピーな展開は、落差が激しい分、キラキラして眩しく見える。

 ところで、銃火器の使用が禁じられた後の図書隊と良化隊の抗争はどのように変化したのだろう?戦争がなくなったら軍隊はどうなるか、という命題にも思えて、ちょっと気になります。

   bk1
   
   amazon
   

ラブコメ今昔

自衛官の人間像に迫る?
評価:☆☆☆☆☆
 制服に代表される職業は、それが目立ちすぎるせいもあり、意外に個人に目が行かなくなるもの。警察官はそれでも刑事ドラマなどがあるからましだけれど、自衛官となるとクローズアップされるのは災害と事故の時くらい。これらは大概不幸な話なので、ドラマ化されたりして美談にはなりにくい…と、お嘆きの自衛官の皆様、あなた方には有川浩がいます。彼女まさに在野の自衛隊広報官と呼んでも良いでしょう!
 本作は短編6編(内1編は前日談)から構成されていますが、いずれも自衛官の恋愛物語。自衛官がラブラブで何が悪い、とばかりに、いずれもあま〜い仕上がりになっております。ただし、自衛官であるが故の、厳しさや悲しさもあり、話はそうそう単純ではありません。もしも、の時を考えて結婚も考えなければならない。危険なところに行って欲しくはないのに、危険に立ち向かい守るところに自らの存在意義がある。揮われない方が良い力であっても不要な力ではない。自衛隊について、自衛官について、見直す機会になるかもしれません。

   bk1
   
   amazon
   

別冊 図書館戦争 (1)

日常にあるそれぞれの戦場
評価:☆☆☆☆☆
 図書館革命のラストシーンに至るまでの笠原郁と堂上篤を追いかけるというのがこの本の柱です。組織の一員としてではない堂上という人間は、嫉妬やら弱さやらを抱えた人間なんですよね、やはり。キャラ好きの人には一読の価値アリです。
 キャラクター重視の方針らしいので、良化法関連の大事件は起こりません。しかし、作者らしい、社会に対する毒が各所にちりばめられており、飽きさせません。ネット連載されていた、「フリーター、家を買う」でも思いましたけれど、見過ごされがちな、社会的弱者というか、社会的少数派の人たちにスポットを当て、そこに感情移入させるのが上手いなあと思います。そういうところに偽善性を感じて嫌がる人もいるかもしれませんけれど、これからも書き続けてもらえると嬉しいです。
 キャラ重視路線でもう少しシリーズは続くようです。ボクの希望としては、稲嶺前指令のエピソードで何か一ついただければ、と。

   bk1
   
   amazon
   

阪急電車

断片をつなげると面白い物語になることの証明
評価:☆☆☆☆☆
 毎日同じ時間、同じ車両に乗っていれば、見かける顔ぶれは決まってくる。毎日同じ顔を見ていれば、日々の違いに気づくことだってあるかもしれない。たまたま乗り合わせた人でも、何か特徴があれば、その人生を妄想してしまうこともある。この本は、正にそういったところをついて来たといえるだろう。
 片道わずか15分の阪急今津線。この電車に乗り合わせた人達が、ほんの少しのきっかけで物語を織り成し、そして各々の行き先に進んでいく。このまま分かれていくと物語として寂しいのだけれど、交わったまま行き先を同じくして行く人たちもいるので、ちょっとほほえましい。
 いつもと同様、ちょっと甘いお話の中に、作者がおそらく普段思っていることを叩き込み、綺麗な連作として仕上げている。普段の生活で、電車に乗り合わせた人の物語は断片としてしか知りえないので、その欲求不満を軽減する作品となるかもしれない。

   bk1
   
   amazon
   

図書館革命

身近にある恐怖
評価:☆☆☆☆☆
 コメディータッチのミリタリー物(ただし恋愛を含む)。表面的にはこの様に表現される作品なのに、今回もサラッと重い話題を扱ってくれました。カウンターテロと個人の自由、一体どちらが優先されるべきか。本来は同じ次元で語られる性質の問題ではないけれど、現実の世界でも政治やマスコミにおける議論の俎上に乗せられる問題でもあります。
 突然発生する原発テロ。そのテキストにされたと目される、1冊の本。この本の作者に自由な表現活動を許しておいて良いのか。再び著作がテロリストのテキストに使われるのではないか。漠然とした恐怖に脅える世論は、著者に対する表現の自由の制限を黙認しようとしてしまいます。ここで登場するのが我らが図書隊。図書館の自由法を楯に、著者の表現の自由を守ろうとするわけですが…
 しかしこの話題。軽く扱っているように見せていますが、本当に重い。カウンターテロや環境保護といった、誰もが逆らうことができないお題目をかざして人々を思考停止に追い込んでしまい、本来は必要のない制限までも加えてしまうという手法は本当に行われていることだから、面白いストーリーなのに、スッと背筋が寒くなる瞬間があります。
 無関心ほど最悪の結果を招くものはないし、正義という名の凶器ほど破壊力の大きなものはないということですね。

 最終巻だけあって、色々なものに決着がついていきます。あの人とあの人とか、はたまた、あの人とあの人が!という人間関係であったり、検閲のあり方であったり。でも一番かっこいいのは、やっぱり稲嶺顧問だと思います。この人が舞台の裏側でどんな動きをしていたのか、ちょっと知りたいなあ。

   bk1
   
   amazon
   

塩の街

図書館戦争の原点だったとは
評価:☆☆☆☆☆
 文庫版を持っているのでハード版が出ると知ったときも特に買う気はなかったのですが、新聞広告に「大幅改定!」と書かれていたのでついつい買ってしまいました。…買って良かった。
 ある日突然、東京湾に巨大な塩の柱が落下する。同時に周辺の人間達が塩の柱になるという現象が発生する。無政府状態になった日本では、治安が悪化するとともに、塩化は徐々に進行していく…。そんな世界で出会った航空自衛官秋庭高範と高校生小笠原真奈。そんな彼らとめぐり合い別れて行く人達の物語。そして、世界の再生。
 文庫版のラストシーンの一部削除と併せて追加された前日・後日談が読ませます。メインキャラ二人の幸せな物語も良いのだけれど、野坂夫妻と入江を主人公とする短編が個人的には好き。本編では描ききれなかったそれぞれの深さを見せてもらったような気がします。もしかすると、高範と真奈よりも深みが増しちゃったかも。
 文庫版はこれから世界はどうなるんだろう?という想像の余地を残して終わったけれど、ハード版では丸く収まって解決という雰囲気になっています。そのことを覚悟して読んだ方が良いかもしれませんね。

   bk1
   
   amazon
   

図書館危機

花言葉にこめられた想い
評価:☆☆☆☆☆
 表紙を開いて、目次を読んでぶっ飛んだ。それを目次に書いちゃうのか、というツッコミを入れてしまった。いずれは、と思っていたけれど、ここでそれが訪れるとは思っていなかった。
 今回のエピソードで一番良いと思ったのは、図書隊の徽章の経緯について。登場人物たちは直情径行型が多くて、空気もほのぼの、ゆるゆるになることが多いのに、ポイントポイントでこういう空気を引き締める話題が出てくるところが好き。ピンと一本筋が通るような。これを書きたくてあの徽章にしたのだろうなあ。
 題名の通り、色々な危機が登場しました。あとがきによると、もう1冊出版されるようです。作中の社会構造を変えるような動きも生じてきました。今回発覚した危機がどう回避されるのか。続きが気になります。

   bk1
   
   amazon
   

クジラの彼

ガチンコ勝負
評価:☆☆☆☆☆
 これだけ読むと、まるで自衛隊の広報作家のように見える。自衛官だって普通の人間だ。恋愛もすれば結婚もする。そういうスタンスから自衛官を描いた小説。
 どの短編に出てくる人間も、お互いに本音をぶつけ合いながら、少しずつ近づいていく。読んでいて恥ずかしくなるような場面もあるし、ぶっちゃけすぎだろっ、みたいな場面もある。…しかし、ホントにこんな感じなんだろうか、自衛官は?
 過去の著作の登場人物たちのその後のお話が面白い。他の登場人物たちのその後も、結構面白そうだなぁ。

   bk1
   
   amazon
   

レインツリーの国

あなたがそこにいてもボクは気づけない
評価:☆☆☆☆☆
 入社三年目のある日、中学生の頃に読んだあるライトノベルを思い出し、そのラストについての感想をネットで探していた向坂伸行は、一つのブログにたどりつく。「レインツリーの国」。自分のあの本に対する感想も話したい。そんな飢えから、彼はそのブログの管理者ひとみに向けて一本のメールを出す。それがすべての始まり。
 お互い顔も知らない。分かっているのは相手が同じ年頃の異性であるということだけ。返信が来ているかワクワクしながら帰宅し、畳み掛ける様に繰り返されるメール。飢えを満たすかのようにはきだされるあの本への想いなどなど。そして、説得の末、伸行はひとみと実際に会う約束を交わす。
 メールで青春の思い出をさらけ出しあった存在。展開される理性的な文章。相手に気遣う優しい性格。ネットの世界で抱いたイメージを持ってひとみに会った伸行は、違和感を感じる。食べたいものを聞いたのに、返ってくる答えは静かな場所がいいということ。自己主張しない性格なのかと思えば、今入れる吹き替えの洋画があるのに、3時間待ってでも同じ吹き替え版が良いと頑なに主張する。満員のエレベーターに乗り込み、満員のブザーが鳴ったのに降りない…。
 彼女には、ネットのイメージと現実のギャップを説明する、ある秘密があったのだ。
 本書は、作者の別作品「図書館内乱」の作中作品であり、これを読んだ方にはこの秘密が何かは自明なわけですが。単なる販売戦略というなかれ。本書に込められたメッセージはかなり、大きい。
 秘密が発覚してからの、伸行(伸)とひとみのメールのやり取りが圧巻。本書には作者の他作品に見られるような銃撃戦の要素はありませんが、代わりにぶつけられる言葉の威力がすごい。お互いノーガードで、こぶしをたたき込み合うような、言葉のやり取りが繰り広げられます。この中でぶつけられる想いに、自分もハッとさせられることが多々あります。
 自分は人をこんな視線で見ていないだろうか。口先では奇麗ごとを言うけれど、本当に本質を理解している?実際は自分のリクツが優先されていない?二人に投げつけられるトゲは自分にも刺さる。
 「内乱」を読んだときから、どうしてこの人はこのテーマを選べたんだろうと思っていました。普通に暮らしていたら、きっとなかなか思い至らない。その秘密の一端は、あとがきで明らかになりましたが、そのきっかけを押し広げて、こうして作品に仕上げたのは、やっぱりすごい。
 ただ一つ。出版順は、「内乱」→「レインツリーの国」ですが、読む順番はどちらが良いかちょっと悩む。個人的には、本書が先のほうが良いかなと思います。問題の背景について色々考えられるし、そういうものを把握した上で「内乱」を読めば、作中人物がどんな感想を感じたのだろうか、と想像できるから。

   bk1
   
   amazon
   

図書館内乱

だからあなたにあこがれる
評価:☆☆☆☆☆
 前回よりはバトルシーンが減っているけれど、物語的にはパワーアップ。物語の自然な連続性もバッチリ。肉親との確執、秘めたる恋心。前回は郁と堂上が物語の軸だったけれど、今回は他の面々も主役。
 図書館のあり方について真剣に考え、それぞれの人生を織り成していく人々がとても魅力的だ。柴崎の葛藤、小牧と毬江の微妙な関係、手塚と兄の確執…。これだけ色々ストーリーを盛り込むと発散しそうになると思うのに、それぞれが絡み合いながら、柴崎を軸にして収束していくところがにくい。
 実は読みながら、各所で出てくる豆知識風の発言に一人ニンマリしていた。どこかで聞いたような話だなと思ったら、やはり巻末に参考文献として一冊の本が載っていた。自分が読んだ本が元ネタとして使われていると、何か嬉しい。
 物語は手塚兄の爆弾発言で終了。あまりに露骨な引きに、続編が楽しみでしょうがない。…とりあえず、出版される作中小説でもよも。

   bk1
   
   amazon
   

Sweet Blue Age (著:角田光代、坂木司、桜庭一樹、日向蓬、森見登美彦、三羽省吾)

現実を生きてる
評価:☆☆☆☆★
 有川浩と桜庭一樹の部分についてのみコメントします。
 有川浩「クジラの彼」は、「海の底」の冬原の彼女の物語。冬原サイドではありえないほどの騒動が巻き起こっていましたが、彼女のサイドから見る物語は、ひどく現実的で、とても切ない。潜水艦乗りって、こんな恋愛をいつもしているのだろうか?
 桜庭一樹「辻斬りのように」は、いつもと違って、25歳の女の人が主人公。でも、現実の世界から脱出、幻想の世界へと言う構成はあまり変わらないかもしれない。やってることはある意味ヘビーだけど、生臭くない。不思議。

   bk1
   
   amazon
   

図書館戦争

子供の夢も守ります
評価:☆☆☆☆☆
 いつものように戦う人たちとそこに芽生えるほんわかしたものを扱っているのですが、今回は戦う司書が主人公です。
 検閲を義務付ける法律が施行されたことにより、問題があるとされる本たちが処分されてしまう時代。それに対抗するため、図書館が立ち上がり、本の処遇をめぐっての抗争が激化していく…という、設定自体が秀逸だと思います。微妙に政治への無関心が皮肉られているところも含めて。
 現実の図書館でも銃のない戦いが起こっているのかなぁ、と図書館自体にも興味を向けさせられる作品かと。楽しんで本を読みたい、という方にはおすすめです。

   bk1
   
   amazon
   

空の中

それぞれの理由
評価:☆☆☆☆☆
 電撃文庫初のハードカバーということで、若干躊躇しましたが、作者の前作「塩の街」が好きだったので、購入しました。結論、買ってよかった。
 空の中に何かいる。不可思議な航空事故を調査していく過程で判明していく事実。それとは無関係に思えるのどかな場所で子供が拾ったもの。それぞれの場所にいる無関係な人間達がリンクしていくとき、これまで人類に知られていなかった存在が歴史の表舞台に出てくる…
 綿密な取材に基づくリアリティとファンタジーの融合。同じ事件を見つめる子供と大人の立場の衝突。親子で読めば、それぞれの見方ができそうな物語です。

   bk1
   
   amazon
   

海の底

いま自分たちにできることを
評価:☆☆☆☆☆
 突然変異した海洋生物が人間を襲う。全く荒唐無稽な設定と思うかもしれないが、海上自衛隊や機動隊の行動に関するディテールと海洋生物の細かい設定が、それを補ってあまりあるリアリティを形成している。
 メインテーマは「十五少年漂流記」みたいなものかもしれないが、子供たちが立てこもっている潜水艦の外で繰り広げられる、自衛官・警官の活躍が見所。法律の枠の中で、不条理とも思える行動を強いられる中、いかに自分達の最善の結果を出すかに奮闘する姿は、尊敬に値すると思う。
 SF的設定を馬鹿馬鹿しいと思わない方ならば、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。きっと、本当に日本にこんなことが起こったら…と不安な気持ちにさせられることでしょう。でも、不快な気持ちにはなりませんよ。

   bk1
   
   amazon
   
サブカテゴリ内の前後の著作者 (あいうえお順)
アサウラ 有川 浩 犬村 小六
ホーム
inserted by FC2 system