レインツリーの国(有川浩)の書評/レビュー


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図書館内乱 レインツリーの国

レインツリーの国

あなたがそこにいてもボクは気づけない
評価:☆☆☆☆☆
 入社三年目のある日、中学生の頃に読んだあるライトノベルを思い出し、そのラストについての感想をネットで探していた向坂伸行は、一つのブログにたどりつく。「レインツリーの国」。自分のあの本に対する感想も話したい。そんな飢えから、彼はそのブログの管理者ひとみに向けて一本のメールを出す。それがすべての始まり。
 お互い顔も知らない。分かっているのは相手が同じ年頃の異性であるということだけ。返信が来ているかワクワクしながら帰宅し、畳み掛ける様に繰り返されるメール。飢えを満たすかのようにはきだされるあの本への想いなどなど。そして、説得の末、伸行はひとみと実際に会う約束を交わす。
 メールで青春の思い出をさらけ出しあった存在。展開される理性的な文章。相手に気遣う優しい性格。ネットの世界で抱いたイメージを持ってひとみに会った伸行は、違和感を感じる。食べたいものを聞いたのに、返ってくる答えは静かな場所がいいということ。自己主張しない性格なのかと思えば、今入れる吹き替えの洋画があるのに、3時間待ってでも同じ吹き替え版が良いと頑なに主張する。満員のエレベーターに乗り込み、満員のブザーが鳴ったのに降りない…。
 彼女には、ネットのイメージと現実のギャップを説明する、ある秘密があったのだ。
 本書は、作者の別作品「図書館内乱」の作中作品であり、これを読んだ方にはこの秘密が何かは自明なわけですが。単なる販売戦略というなかれ。本書に込められたメッセージはかなり、大きい。
 秘密が発覚してからの、伸行(伸)とひとみのメールのやり取りが圧巻。本書には作者の他作品に見られるような銃撃戦の要素はありませんが、代わりにぶつけられる言葉の威力がすごい。お互いノーガードで、こぶしをたたき込み合うような、言葉のやり取りが繰り広げられます。この中でぶつけられる想いに、自分もハッとさせられることが多々あります。
 自分は人をこんな視線で見ていないだろうか。口先では奇麗ごとを言うけれど、本当に本質を理解している?実際は自分のリクツが優先されていない?二人に投げつけられるトゲは自分にも刺さる。
 「内乱」を読んだときから、どうしてこの人はこのテーマを選べたんだろうと思っていました。普通に暮らしていたら、きっとなかなか思い至らない。その秘密の一端は、あとがきで明らかになりましたが、そのきっかけを押し広げて、こうして作品に仕上げたのは、やっぱりすごい。
 ただ一つ。出版順は、「内乱」→「レインツリーの国」ですが、読む順番はどちらが良いかちょっと悩む。個人的には、本書が先のほうが良いかなと思います。問題の背景について色々考えられるし、そういうものを把握した上で「内乱」を読めば、作中人物がどんな感想を感じたのだろうか、と想像できるから。

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