綾崎隼作品の書評/レビュー

陽炎太陽

人生にただ一つの恋
評価:☆☆☆☆★
 新潟県の外れにある漁村に住んでいた響野一颯は、小学生の時に、漁村の観光開発に乗り込んできた舞原一族の娘である舞原陽凪乃と知り合う。開発に反対する村民から不満の捌け口として扱われることになった舞原陽凪乃は、児童だけでなく、教師からもいじめを受けることになった。
 周囲に流されるまま、彼女がいじめられる様を傍観していた響野一颯であったが、一学期の最終日に、ちょっとしたことがきっかけで、彼女と友達になることを決意する。だがその蜜月は、長くは続かなかった。

 大学生になり東京に出てきた響野一颯は、無気力な日々を送っていた。友達も作らず、ただ一人で何の目的もなく、何の感情も抱くことなく生きていた響野一颯は、アルバイト先で後輩の嶌本和奏と出会うのだった。

 巻末に、これまでの作品の登場人物たちの、作品間におけるつながりが掲載されている。

ノーブルチルドレンの愛情

埋まらない隙間
評価:☆☆☆☆★
 舞原吐季は、異母妹の舞原七虹の義妹である舞原琴寧の被害を調べる過程で、長谷見芽衣が行っていた事実と、それに対して桜塚歩夢がどんな決着をつけたのかを知ってしまった。そして桜塚歩夢は、愛する千桜緑葉からの断罪を受け、自らを裁くために姿を消してしまう。
 そしてそんな彼を追い、舞原吐季には絶対の言葉だけを置いて、千桜緑葉も彼の前から姿を消してしまった。友人としていた琴弾麗羅にも去られ、舞原吐季は本当の孤独の意味を知る。

 父親から勘当され、無気力に生きる時間は、3年が過ぎ、6年が過ぎ、10年が過ぎて行った。その間に、異母妹の舞原雪蛍や舞原七虹もそれぞれの人生を歩み、喜び、傷ついていく。私立新潟美波高校保健部は廃部となり、演劇部は後輩たちに引き継がれ、その舞台では新たな物語が繰り広げられた。
 そしてついに、舞原吐季は再び立ち上がり、前に進む決意をする。仕事に打ち込み、成果を上げ、それにふさわしい地位を求められるようになった舞原吐季だったが、彼の心は未だ空虚だった。そんな彼の耳に、千桜緑葉の動向が届き始める。

 「蒼空時雨」「初恋彗星」「永遠虹路」「吐息雪色」の物語との時間の隙間を埋めるスナップショットと、ノーブルチルドレンの結末が描かれる。

ノーブルチルドレンの断罪

失っても守りたいもの
評価:☆☆☆☆★
 琴弾麗羅は舞原家への復讐のために舞原吐季と縁を切り、孤独に苛まれる吐季は千桜緑葉と付き合うことになった。桜塚歩夢に異母妹の舞原雪蛍を紹介してみたり、また違う異母妹の舞原七虹に保科彩翔という友人がいることを知ったり、吐季が他人に興味を持つようになったのは緑葉の影響が大きい。
 そんなある日、長谷見芽衣の事件を調べているという刑事の熊木萌香が彼らの前にやってくる。舞原七虹の義妹の舞原琴寧らが長谷見芽衣の犠牲となっていた事実が明らかになる段になって、彼らの日常は音を立てて崩壊していくのだった。
 顧問の有栖川華憐と同じ演劇部だった増井聡大や狐塚亮治の間にあったすれ違いの謎を十年の時を経て解き明かし、そして同様に、古い家柄ゆえに隠されて来た秘密が表出してくるに至り、当たり前に続くと思っていた日々は終わりを告げる。

 自分の気持ちと相手への気持ち、そして歴史を背負うことの、他者を背負うことへの期待は、容赦なく心をすり潰していくのだ。

INNOCENT DESPERADO

自己への不信と他者への憧憬
評価:☆☆☆☆★
 私立新潟美波高校に通う紀橋朱利は、他人に情熱を感じることが出来ない人間だと思われている。告白をされれば断る理由がないからと付き合い、そしてしばらくすれば当然のごとく破局する。だが特に何も感じることはない。そんな彼は、バイト先のライブハウスで倒れた同級生の牧島凪沙と知り合う。彼女はバレーボールの特待生だった。
 同級生でありながら一つ年上の千桜爽馬。小中学校時代からの幼なじみでありながら、朱利を徹底的に嫌っている高見澤凜乃。朱利と同じ演劇部に所属し、朱利をしてかなわないと思わしめる朽月夏音。ほんの少しの偶然と、かなりの必然と努力から結びついていく少年と少女たちは、夏休みの経験を通してかけがえのないものを手に入れ、あるいは失っていく。

 「蒼空時雨」に登場したキャラクターの十年前が描かれる訳だが、キャラクター以上にリンクしている部分は特にないと思われる。
 作者の作品ではよく見られると思うのだが、幼少の頃の経験が大きく人格形成を左右し、それに縛られているかのような人生を送っている様が描かれている。まあなんか大概は上手くいかないのだが、それもまた一局の人生というものだろう。

ノーブルチルドレンの告別

拭い去れない過去
評価:☆☆☆☆☆
 昼寝をするために演劇部に所属した舞原吐季と琴弾麗羅、将来の夢の準備として保健部を作った千桜緑葉と桜塚歩夢は、同じ部室をシェアすることになった。実家同士が敵対関係にあるにもかかわらず吐季に惚れてしまった緑葉、吐季と麗羅の間にある拭い去れない過去。そういったものが、麗羅の中学時代の同級生、速水市夏が訪ねて来たことで、現在の問題となって噴出してくる。
 麗羅が市夏との約束を破った理由は何だったのか、そしてそれが吐季にどう関わってくるのか。その真相を知ったとき、市夏は、そして緑葉は、これまでと同じ世界にいられるのか?

 長谷見芽衣の怪しい言動、いつも一時間ほど家を空ける麗羅の妹・乙羽の行き先、吐季の妹・雪蛍が図書館書架で出会った不思議なカード、七虹を含めた舞原家の家族の問題。そんな小ネタのミステリー調エピソードをはさみながら、彼らを巡る物語は破局へと向かって進行していく。

ノーブルチルドレンの残酷

出会うべからざる二人の出会い
評価:☆☆☆☆★
 舞原吐季、17歳。地元を代表する舞原家の総領息子。いつも眠い。学校でも安眠するスペースを確保するため、放送部の廃部により空いた枠を獲得するため、琴弾麗羅と共に、舞原七虹の名前を借りて、演劇部を創部しようとする。もちろんその目的は、部室にベッドを置いて眠るためであり、演劇をすることではない。
 顧問になる予定の有栖川華憐の呼び出しに応えて教室へ赴いた吐季だったが、そこでもう一組の創部希望者たちを発見する。その名は千桜緑葉。舞原と地元を二分する名家であり、対立関係にある家の直系の娘だった。美しい容姿ながら身なりに全く気遣わない彼女は、分家筋の桜塚歩夢と、クラスメイトの長谷見芽衣を従え、保健部の創部を目指していた。

 しかし許される部活はひとつ。有栖川華憐の出題する事件を早く解決した方が創部の権利を持つという条件で、舞原吐季と千桜緑葉は競争をすることになる。

 かたや金持ちで美貌でしかし全くやる気のない少年。かたや医師を目指してわざわざ一人暮らしを選び困窮生活を送る少女。緑葉が一方的に吐季に突っかかっていくかたちをとりながら、時々起こるミステリーテイストの出来事を解決しながら交流を深める様子を描いている。
 あくまでミステリーテイストであって、ミステリーではないのでご注意。それはひとつのエッセンスです。

吐息雪色

一歩を踏み出すきっかけ
評価:☆☆☆☆★
 結城佳帆は12歳の時に両親を亡くし、年の離れた妹・真奈と二人きりの家族で過ごしてきた。その妹は、中学の時にした不注意の結果がもたらした出来事のために、家の外に出なくなってしまった。姉は、そんな妹の目を外に向けようとして、自分が一目ぼれしたイケメン司書の話を持ち出す。

 舞原葵依は舞原私立図書館の館長を務めている。4年前に妻の舞原雪蛍が失踪してしまい、失意の中に引きこもったのを心配した一族が、彼を館長に推薦したのだ。結城佳帆は、千桜インシュアランスの同期である長嶺凜のお使いを頼まれた関係で、彼に出会う。
 図書館職員の楠木風夏や逢坂星乃叶の隠然たるサポートもあり、半ばストーカーまがいのこともしつつ、佳帆は葵依の自宅にたどり着き、話をするチャンスを得ることになる。

 「蒼空時雨」からは楠木風夏、「初恋彗星」からは舞原星乃叶、「永遠虹路」からは舞原七虹が再登場する所は、これまでのシリーズとは少し異なっている。だが、全体的な雰囲気と、構成の特徴は変わっていない。
 作者としてはこのシリーズを「花鳥風月」シリーズと呼んで欲しいそうなので、どういう雰囲気の恋愛小説かはイメージしていただけるだろう。全体を哀切な空気が覆っており、その中に最後まで貫き通す芯がある。そういった、雰囲気で読ませる作品だと思う。

 あとがきは真面目なんだけれど、少し笑ってしまった。

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永遠虹路

しぐさから感じる過去の影
評価:☆☆☆☆★
 営業部の夏目瑛太は、派遣社員として入社した舞原七虹に興味を引かれる。飛びぬけた美貌とスタイル。だが人とは関わらない。名前で呼ばれることを嫌がる。並んで歩く時は必ず車道側を歩く。時折、夕焼け空を見て寂しそうな表情を浮かべる。
 そういった彼女の振る舞いが示すピースは、彼女のどんな人生を写す影なのだろう。七虹の軌跡を遡り、その原点にせまっていく恋の物語。

 交わりそうになっても、かするだけの人生の軌跡はいっぱいある。逆に、どれだけ離れてもいずれ交わる人生もある。
 裏表紙の梗概は、実写映画にもなったマンガを感じさせるものがある。名前と併せて考えると編集者の意図があるのかも知れないけれど、中身の関連性はあまりないので、個人的にはよろしくない感じがした。

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初恋彗星

移り行く時間の中で変化しないことは狂気とも呼べる
評価:☆☆☆☆★
 小学生の頃に出会い付き合い始めた舞原星乃叶と逢坂柚希、そして彼の幼なじみである美蔵紗雪。しかしある日、星乃叶は家庭の事情で引越しをすることになる。星乃叶は柚希に浮気しないことを誓わせ、手紙で連絡を取り合う約束をして旅立っていくのだが…。
 一方から見た遠距離恋愛の物語が、他方から見れば悲劇のような物語に変わっていく。全体としてはクリスタルガラスのように透明感がある物語なのだけれど、そこに織り込まれた硬く揺るがない想いは狂気と呼べるだろう。しかし、読み終わって嫌な感じはしない。
 多分ジャンルでいうと、純愛というヤツなんだろうな。

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蒼空時雨

昔の面影、目の前のあなた
評価:☆☆☆☆★
 アパートの前でずぶ濡れになっていた所を助けた女性、譲原紗矢は何故か自分の部屋に居候することになってしまう。彼女がスーパーに職を見つけ、出会ってから1ヶ月後、ようやくアパートの前にいた理由が明かされるのだが…
 そして、同じ高校の演劇部だった女性、楠木風夏は無言電話と夫の行動から、浮気を疑ってしまう。その真相を突き止めるため、探偵事務所を開いている舞原零央に相談が来るのだが…

 登場人物たちの視点を順々に辿りながら、ひとつの大きな物語を紡いでいく作品。巧妙かどうかはよく分からないが、たくさんの伏線が張られる。メインの伏線については回収されるけれど、名前だけしか登場しない人物もたくさんいる。この辺は、今のままだと余分だと思うし、活かすならばもっとのめり込める様な設定を加えないといけない気がする。
 僕は友達が少ないからよく分からないけれど、社会人になってもこんなにきっちりしっかり学生時代の友人と絡めていけるのかなあ、と少し疑問にも思う。むしろ舞台が高校とか大学だったらしっくりと来るような緊密さがある。
 その頃があまりにきれいで純粋で、その呪縛から抜けられないだけ、では無かったことに未来への救いはあるかもしれない。

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