浅葉なつ作品の書評/レビュー

香彩七色 ~香りの秘密に耳を澄まして~

香りの秘密に耳を澄まして
評価:☆☆☆☆☆
 大学に入学したばかりの秋山結月は、珈琲の匂いに誘われてやってきた薬学部薬草園で、神門千尋という青年と出会う。犬並みの嗅覚を持つ結月は、これまで自分が感覚でしか理解できたいなかった香りを言葉で表現できる千尋に興味を持つ。
 そんなわけで、千尋には嫌がられながら、澤木孝之介教授の芳香医療研究室が所有する小屋に入り浸るようになった結月は、千尋の従弟である遠矢隆平から、千尋が香道の次期家元候補で、いまは実家と絶縁しているという事実を知らされる。

 そして結月は、同級生の啓太から持ち込まれた手紙に残された香りの謎解きを依頼したり、僧侶の海棠から持ち込まれた香木選びに付き合ったり、幼なじみの女子高生、木下愛美が所持していたシガレットケースの謎解きを依頼したりすることになるのだった。

サクラの音がきこえる―あるピアニストが遺した、パルティータ第二番ニ短調シャコンヌ

縛る音、傷つける音、結ぶ音
評価:☆☆☆☆☆
 加賀智也は、子どもの頃、当時は売れないピアニストだった父の西崎賢吾から絶対音感を身につけるための厳しい訓練をさせられ、大人になった今でも440Hzの音が識別できる。しかし、その厳しい訓練の成果はそれだけだ。
 ピアノを捨て、家を出て母の咲枝の旧姓を名乗り、それでも今もなお、シャコンヌの演奏家として伝説となった西崎賢吾の呪縛に、彼の死後も捕らわれている。

 そんな彼が生業のよろず屋の仕事で小学生の尚平の世話をしていたところ、チンピラ風の若者の英治に因縁をつけられる。彼の聴いていた音楽と、尚平の吹いていた音のずれたリコーダーが不協和音を起こし、気持ちが悪かったらしい。その縁で、人妻に手を出して追われ、行き場をなくしていた英治を智也は居候させることになってしまった。
 見かけとは違って真面目な英治を、常連の三線の師匠サワ子や、ガムランの生演奏があるインドネシア料理店オーナーのハムサも気に入り、順調に仕事をこなしていたところ、英治が女子高生の雨宮奏恵を拾ってきた。

 超有名な有瀬音楽学校高等部主席入学だという雨宮奏恵は、最近、講師から演奏に心が込められていないと指摘され、スランプに陥っているという。ラベリング可能な絶対音感の持ち主である奏恵には、どんな音楽も音符の連なりでしかなく、これまで一度も音楽で感動したことがないらしい。そんな彼女に講師が参考資料として渡したのが、西崎賢吾の最後のシャコンヌ演奏の生音源だったのだ。
 自分が西崎賢吾の息子であると言うことを隠したまま、彼女の依頼に応えるべく、様々な音楽を聴かせに連れ歩く智也だったが、その嘘も、西崎賢吾のマネージャーであった由果が智也を訪ねてきたことで、壊れてしまうのだった。

 音楽を押しつけられたために音楽を、そしてそれをなした父親を嫌い、音楽とは別の道に進んだ青年と、同じように音楽を子どもの頃から親しみ神童と呼ばれた少女が突き当たった壁。そして、良すぎる耳を持つがゆえに社会をドロップアウトせざるを得なかった青年が出会い、音楽に巣くわれるまでを描いている。
 奏恵のキャラ像がもっと確かなものとして確立していたら、もっと魅力的な作品になっていたかも知れない。女子が空回りというのは、鈍感系ラブコメでもなければ許されない気がする。

山がわたしを呼んでいる!

呼ばれてやってきました、標高2千メートル!
評価:☆☆☆☆★
 憧れの芸能人が山をパワースポットにしていると知った遠坂あきらは、彼女が愛用するファッションで、菊利姫神を山神とする白甲ヶ山・菊原山荘にアルバイトに出かける。8時間以上かけて着いた山小屋は、ロッキングチェアも暖炉もないただのボロ小屋で、しかも、そこのバイトの大学生・後藤大樹には、ふざけた格好での登山を頭ごなしに怒られてしまう。
 これも憧れの芸能人に近づくためと耐え忍ぼうとするが、やはりあの言い方は許せない。あきらは大樹と丁々発止の口げんかを繰り広げることになるのだが、これが彼女の人生観を変える経験の始まりだった。

 セクハラ親父の店主・武雄進をやり過ごし、キョドるし予定外の行動をとれないヒョロ大学生のバイト・曽我部安彦と何とか上手くやりながら乗り切ろうとするのだが、やはり山の素人、しかも下調べも何もしていないあきらは、大樹から雷ばかりを落とされるバイト生活を繰り広げることになる。

 男に捨てられたのをきっかけに、彼に気に入られるような可愛い女を目指して芸能人を目標にするのだが、もともとがさつで口が悪く、でも素直で裏表がない性格のあきらが目指すのは無理筋というもの。だけどひとつの考えに囚われてしまった彼女は、なかなかそのことに気づけない。
 しかし山小屋での生活でそれまでとは全く異なる価値観で動く社会を知り、無骨なまでにその生き方を貫く人々を知るにつけ、彼女の蒙は開かれていく。

 初めの頃のあきらは相当にイラっとする行動しか取らないので、そこで読むのを止めてしまう人もいるかもしれない。しかしそれは構成上、狙ってやっていることなので仕方がない。そこを乗り切れば、幸せの青い鳥は近くにいたんだね、というような物語と、山小屋の生活の一端を楽しむことが出来るかも知れない。

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