冲方丁作品の書評/レビュー

項目 内容
氏名 冲方 丁 (うぶかた とう)
主要な著作

 冲方丁さんの作品の書評/レビューを掲載しています。

テスタメントシュピーゲル (3) 下

評価:☆☆☆☆☆


テスタメントシュピーゲル (3) 上

評価:☆☆☆☆☆


はなとゆめ

評価:☆☆☆☆☆


テスタメント・シュピーゲル (2) 下

評価:☆☆☆☆☆


テスタメント・シュピーゲル (2) 上

評価:☆☆☆☆☆


マルドゥック・アノニマス (2)

評価:☆☆☆☆☆


マルドゥック・アノニマス (1)

評価:☆☆☆☆☆


光圀伝

溢れる鬱屈の捌け口
評価:☆☆☆☆☆
 水戸徳川家・徳川頼房の三男として生まれた子龍は、将軍・家光から諱・光國をもらい、兄を差し置いて世子となった。幼少の頃より父のお試しを受け、なぜ自分が世子かという疑問を抱いたまま長じた光國は、母・久子の旧名である谷を名乗り、市中にて部屋住らとつるんでやりたい放題に暴れまくる。
 関ヶ原から四十余年、父から受け継いだ怪力を酒や女、喧嘩でしか慰められない光國だったが、宮本武蔵や沢庵宗彭の知己を得て自らの愚かさを悟り、その有り余る想いを詩歌にぶつけ、詩歌で天下を目指そうとする。

 林読耕斎や冷泉為景と交わり、目指すべき頂の高さをようやく知り始めた光國は、益々、学問に打ち込むようになる。だが文史に親しめば親しむほど、自分が世子であるのは不義であるという思いが募り、ついには義をなすただ一つの方法に思い至ることになる。
 妻として関白・近衛信尋の娘である泰姫を迎え、彼女の学識とありのままに受け入れる心に癒やされながら、初めて得る安らぎに戸惑う光國だったが、その幸せは長くは続かなかった。

 本邦の通史「大日本史」の編纂を行った徳川光圀の生涯を、彼が抱え続けた鬱屈した想いと、彼の周囲に集まり彼と交わろうとした人々を通じて描いている。
 前作「天地明察」は武断の世から文治の世に切り替わる瞬間を、明らかに文の側から描いた作品であり、そこに通底していたのは穏やかな熱き情熱とでも呼ぶべき想いであったと思う。しかし本作は、確かに文治の黎明を描くのではあるが、戦国の世に思いを残しながら諦めた武人が、その有り余る熱を文史に注ぎ込む様を描いており、序盤は暴虐、焦燥、失意、憤怒などの激情に満ちあふれている。

 時代的には隆慶一郎の描いた「捨て童子 松平忠輝」などを感じさせるし、荒々しい情熱は冲方丁の書記作品である「黒い季節」「OUT OF CONTROL」などに通じるものを感じる。近年、初期作品の再版などが続いていたから、作者もその改稿作業で逆に影響を受けたのかも知れない。

 全てを話せる友や妻を失い、水戸藩を嗣いでからは政治的な悩みも抱えるようになり、どんどんと孤独になっていくはずの光圀の心の支えとなった泰姫の侍女であった左近との、互いに触れぬ距離感を保った関係に、作者は何を託したのであろうか。

OUT OF CONTROL

作家の軌跡
評価:☆☆☆★★
「スタンド・アウト」
 私小説っぽいお話。激情を持て余した少年が飛び出しナイフを持って夜中の街をうろつき、そこから卒業するまでの流れを描いている。

「まあこ」
 ダッチワイフの髪のセットを頼まれた美容師が、その怪しさにとりつかれていく。

「箱」
 優秀な同僚が残した箱の中に入っていた何かが、彼を妬んだ人間を壊していく。

「日本改暦事情」
 「天地明察」の習作的な短編。

「デストピア」
 母親の抑圧下で少年時代を過ごした人間が、それを捻じれた形で爆発させる。どこかであったような事件。

「メトセラとプラスチックと太陽の臓器」
 人類の寿命が伸ばせる遺伝子が発見され、それを子供に与えた親の苦悩を描く。

「OUT OF CONTROL」
 怪異に遭遇した人間が見た世界。

マルドゥック・フラグメンツ

キャラクターを深彫りする
評価:☆☆☆☆★
 マルドゥック・スクランブルの改稿に伴って発生した、もしくは当初から想定されていた、ウフコックとボイルドがコンビ時代のエピソードを2本、スクランブルの序章、ヴェロシティの序章、そして新たな長編になるアノニマスの序章が2本収録されている。
 登場人物たちがどういった動機に基づいて行動したのかを、明確に文章化する試みといえるかも知れない。

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黒い季節

若き咆哮
評価:☆☆☆★★
 求菩提山の巍封・八百万の少年は、乾宮警察の少女・蛭雪の天宮法を受けて記憶を失い、黒羽組組長の藤堂に拾われる。かつて失った過去の感傷を写す様に、その少年に穂と名付けて養う藤堂の前に、若い頃の自分を思い起こさせるヤクザ・沖が現れる。
 穂を探しにやって来た姉の戌、父親の遺作つちのえを求めて彷徨う志賀誠の出会い、そして沖と蛭雪の出会いが、黒羽組の属する申楽の組織を揺るがす事態を引き起こす。

 雰囲気のイメージで言うと、戦後の闇市を仕切っていた極道の様なものを漂わせている感じがする。そして、現代の生活と、歴史ある生活の境界線上で騒動が引き起こされる。
 正直に言ってあまり上手いとは思わないのだけれど、叫ぶ様な強烈なエネルギーを感じることは間違いない。

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微睡みのセフィロト

失われない悲しみと怒りを癒すもの
評価:☆☆☆☆★
 2002年4月刊の復刻版。
 人類の一部が超能力フォースを発現し、旧来の人類サードとの大戦争が勃発。超能力を持つ人類を率いた女王が、イタリア半島と共に新たな衛星となり眠りについてから17年。双方の人類は、かろうじて協力体制を築き、世界政府準備委員会の下で各行政機関が機能していた。
 そんな状況の中、政府機関の大物が超能力により捕われる事件が発生する。この事件を担当することになった捜査官パットは、超能力者を教育する機関から派遣された少女ラファエルと共に事件の犯人を追いかけていく。

 大戦で妻子を失ったパットの負の感情は、政府機関によって心体に施された処理により、浮かんだとしてもすぐに相殺されてしまう。心の奥底にある、妻子を殺したフォースに強烈な怒りが薄れることもないが、それが行動を左右することは、政府機関の一員として絶対に起こりえない仕組みなのだ。
 そんな彼の下に現れたラファエルは、フォースの使い手としてトップクラスでありながら、むしろフォースの過激派を排し、フォースの行動を制限するサードの立場で行動する。彼女の力はパットの怒りを再燃させながらも、それを徐々に癒していく。
 新たな力を手に入れた先に訪れる人類の世界とは?

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天地明察

解く段取りがむしろ冥利
評価:☆☆☆☆☆
 本書で使われている「明察」という言葉は、算術の解答が正しかった場合につけられるので、「大変よくできました」的な意味合いがあるのだろうし、本来の意味的には「事実を見抜いた」となるのだろうが、ボクはこれに、証明終了を意味する「Q.E.D.」という言葉をあてようと思う。なぜなら、誰かに認められるという意味よりも、自らが成し遂げたという充実感を、より強く持たせたいと思うからだ。

 この作品の主人公となるのは渋川春海、本来の名を安井算哲という、本因坊道策と同時期の、将軍家お抱えの碁打ち衆の一人である。そうは言っても、囲碁の話がメインなのではない。彼が成し遂げる改暦と、それにまつわる人々の姿が主役である。
 彼が活躍した江戸時代の初期、日本では宣明暦という、八百年余むかしに伝来した暦を使用していたらしい。しかしこの暦の一日は、実際の一日とわずかにずれており、そのずれは四百年で丸一日にもなってしまう。これでは実用上、色々と差しさわりが生じてしまう。
 徳川の御世になったとは言っても、日本における権威は朝廷にある。しかし朝廷は、長い怠惰の間に暦に関する技術を失伝しており、それを隠すために暦を改めることを認めようとはしない。この状況に立ち向かうべく、数々の第一人者が期待したのが春海というわけだ。

 だが、彼は才気煥発の天才にも描かれないし、抜群の行動力を持つ英雄の様にも描かれない。どちらかというと、慣れない二刀を腰に佩いた、やさしいけれど頼りなさげな人物に見えるし、それ以上に周囲に集う人々が綺羅星のような実力をもって輝いている。特に中盤は、保科正之の、武断の世から文治の世へと舵を切る名君ぶりが目立つ。
 しかし、そんな彼だからこそ、天地を明察し、誰も切りつけることが叶わなかった権威の壁を破ることができたのだろう。なぜなら、改暦のためには様々なものがいる。算術の技術や天測の記録、お金や人材、そして物事を滞りなく進めるための人脈などである。数多くの第一人者からそれらのものを受け継ぎ、その想いを背負うことによって成長した春海が、碁打ちの本領たる先を見通す布石により、大逆転で事業を成し遂げる様は圧巻である。そんな彼を支えたえんとのエピソードも興味深い。

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テスタメントシュピーゲル (1)

欠片の繋ぎ手たち
評価:☆☆☆☆☆
 オイレンとスプライトが合流してシリーズ最終章に突入、とのことなのですが、視点的にはMPBサイドからの描写がほとんどなので、MSSサイドでどういう動きがあったのかが分からない。このため、最後の方になると特に、何でそんな展開になってんの!と叫びたくなる場面もあったりなかったりする。
 散り散りにされた断片の連なりだけで、全体像も把握できないまま事件に流されるという感覚を味わえるので、ある意味では良いのかもしれないが、このままMSS視点の本が出版されないとすると、何かしっくり来ない感じもする。

 涼月、陽炎、夕霧、未来への出口を求めさまよいながらも、それぞれの過去へと続く扉に手をかける三人の少女。徐々に明らかになっていく事実は、周囲の情景を塗り替えていく。

 少女たちのセリフも良いけれど、後半のおっちゃんたちのセリフの方が格好よく思える。これは送信側の変化なのか、受信側の問題なのか。

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ストーム・ブリング・ワールド (2)

深淵と向き合う時
評価:☆☆☆☆★
 騎士団の手でリェロンが処刑されたことにより、黒のセプターによる神殿の侵略は一気に進む。魔力を略奪され病床に伏す母を見、リェロンのグリマルキンの指導によって騎士団への反抗を企てるアーティミスとセプター候補生の学童たち。的確な戦術とアーティミスの指揮ぶりによって、それは成功する様に思われたが…その時。
 黒のセプターがアーティミスを欲するのは何故なのか?白紙のカルドは何を意味するのか?そしていま、旅立ちの時が訪れる。

 天は自ら助くるものを助くという。無能力でありながら父に振り向いてもらえるために努力を積み重ねるアーティミスは、確かに"自ら助くるもの"だろう。でも本当にそれだけで助けてもらえるのだろうか?
 リェロンがかつて故国滅亡の時にエルライ公たる父と姉ミラに助けられたのは、肉親の情や血脈を存続させるためという理由もあっただろうけれど、その前提として、彼が生き残る力を持っているということだった気がする。今回、アーティミスがサダルメリクのアヅマによって助けられるのも、彼女が世界を導く力を持っているからではなかろうか?
 天は自ら助くるものを助く。しかし天は自ら助くるものというのは、天に都合が良いものと解釈される様な気がしてならない。

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ストーム・ブリング・ワールド (1)

親の呪縛から逃れられない子供たち
評価:☆☆☆☆★
 世界を創った道具とされる創成の書。神々の争いによりそれは地上にばらまかれる。その断片は、セプターと呼ばれる人間の能力者によって使用され、セプターはそれをすべて集めて望み通りの世界を作るため、争いを繰り返す。まるで神々の争いの火種が地に広まったかの様に。
 世界の平和と美しさを信じていた少年リェロン・エルライは、黒のセプターと呼ばれる集団により故国を滅ぼされ、父と姉を失う。同じ頃、強力なセプターの娘であるアーティミス・フェランは、自らのセプターとしての無能を隠し、セプターの候補生として修業を始める。それから4年、星の降る街で二人が出会うことにより、物語は動き始める。

 何かすごいところで終わっているので、続きがどうなるのか気になります。過去の出版作品の大幅改定版らしいです。

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ばいばい、アース (1) 理由の少女

世界を読み解く
評価:☆☆☆☆★
 非常に読みづらい。ページを開いてしばらく読んで抱く感想はそれだ。SFとファンタジーをないまぜにした様な世界観であるにもかかわらず、ちっともそれが説明されないことがその理由の一つだろう。
 月瞳族、月歯族、弓瞳族などという登場者たちの種族から、動物的特徴を備えた人間的生物が住まう世界であることは分かる。剣の国、財貨の国などから、いくつかの社会集団が形成されていることは分かる。ところが、これを読み下すとなると、決闘許可証(=ドックタグ)、財貨(=デナーリ)、世界を穿孔せよ(=デュルヒ・ブレッヒェン)などと様々な言語でのルビが振られていて、何がなんだか分からない。
 しかし、主人公が自らの理を求める過程を追いながら、とりあえず最後まで読んでみると、何となく分かった様な気分になってくる。まるで、物理学者がいまここにある世界から物理法則を読み解くように、考古学者が遺物から過去の事象を推測するように、少しずつ、少しずつ、物語の世界が自分の中で出来上がっていく。
 だからこれは、世界を創造するための物語。この先にどんなお話が作られるのかは誰も知らない。

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