天地明察(冲方丁)の書評/レビュー


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天地明察

解く段取りがむしろ冥利
評価:☆☆☆☆☆
 本書で使われている「明察」という言葉は、算術の解答が正しかった場合につけられるので、「大変よくできました」的な意味合いがあるのだろうし、本来の意味的には「事実を見抜いた」となるのだろうが、ボクはこれに、証明終了を意味する「Q.E.D.」という言葉をあてようと思う。なぜなら、誰かに認められるという意味よりも、自らが成し遂げたという充実感を、より強く持たせたいと思うからだ。

 この作品の主人公となるのは渋川春海、本来の名を安井算哲という、本因坊道策と同時期の、将軍家お抱えの碁打ち衆の一人である。そうは言っても、囲碁の話がメインなのではない。彼が成し遂げる改暦と、それにまつわる人々の姿が主役である。
 彼が活躍した江戸時代の初期、日本では宣明暦という、八百年余むかしに伝来した暦を使用していたらしい。しかしこの暦の一日は、実際の一日とわずかにずれており、そのずれは四百年で丸一日にもなってしまう。これでは実用上、色々と差しさわりが生じてしまう。
 徳川の御世になったとは言っても、日本における権威は朝廷にある。しかし朝廷は、長い怠惰の間に暦に関する技術を失伝しており、それを隠すために暦を改めることを認めようとはしない。この状況に立ち向かうべく、数々の第一人者が期待したのが春海というわけだ。

 だが、彼は才気煥発の天才にも描かれないし、抜群の行動力を持つ英雄の様にも描かれない。どちらかというと、慣れない二刀を腰に佩いた、やさしいけれど頼りなさげな人物に見えるし、それ以上に周囲に集う人々が綺羅星のような実力をもって輝いている。特に中盤は、保科正之の、武断の世から文治の世へと舵を切る名君ぶりが目立つ。
 しかし、そんな彼だからこそ、天地を明察し、誰も切りつけることが叶わなかった権威の壁を破ることができたのだろう。なぜなら、改暦のためには様々なものがいる。算術の技術や天測の記録、お金や人材、そして物事を滞りなく進めるための人脈などである。数多くの第一人者からそれらのものを受け継ぎ、その想いを背負うことによって成長した春海が、碁打ちの本領たる先を見通す布石により、大逆転で事業を成し遂げる様は圧巻である。そんな彼を支えたえんとのエピソードも興味深い。

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