大西科学作品の書評/レビュー

さよならペンギン

宇宙に選ばれた観測者の生きる世界
評価:☆☆☆☆★
 ニュートン力学が有効になる領域では、初期の状態が分かっている限り、ある時刻における物体の状態を決定することが出来る。一方、量子力学では、物体の状態は波動関数で表されるのだが、これは、その物体に対する様々な状態が重ね合わさった解になっている。つまり、実際に観測するまでは、どういう状態になっているかを言い切ることが出来ない。
 しかし実際に観測してみれば、その物体の状態は一意に定まる。この重ね合わさった状態から、観測して一意に定まった状態までの間に何が起こっているのか?その疑問が量子力学の観測問題と呼ばれる。

 観測問題に対する解釈は諸説あって、現在主流なのがコペンハーゲン解釈であり、観測した瞬間に重ね合わさった状態から一つの状態に収束するという考え方だ。可能性はいっぱいあるが実現するのは一つだけ、という考え方と言えよう。
 他に有名な解釈としては、重ね合わさった状態にはそれぞれ対応する観測者がおり、それぞれの状態が実現しているけれど、ある観測者が認識できるのは一つの状態だけなので一つに定まると考える、エヴェレット解釈がある。

 この解釈に則れば、ある観測者がずっと生き続けるような状態が続く世界も矛盾なく存在することになる。この作品で登場する南部観一郎は、そんな観測者の一人だ。
 彼は、塾講師をしながら自分と同じような立場の仲間を探し求め、相棒の延長体ペンダンと共に、今日も街をさまよい歩く。

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晴れた空にくじら (3) 浮鯨のいる空で

復讐は誰のために
評価:☆☆☆☆★
 日本鯨軍の旅順総攻撃。全滅覚悟の突撃なのだけれど、戦争の描写がメインになることはない。なぜなら、クニの仇打ちとその後の方が雪平にとっては、多分、大事だから。与えられた任務をきっちりこなした後は、鳥雷一本だけを武器として、仇の襲撃鯱に決戦を挑む。シリーズ完結編。
 雪平のガチガチした考え方にとっては、久しぶりに再開した鴨田社長の気楽な人生論が、雪平の心の余裕をもたらしてくれた様にみえる。

 ところで、読み始めて何か違和感を感じていたのだが、その理由はあとがきを読んで分かった。確かに以前と比べて文章の密度が違う。今回は空想科学理論もほとんどないし。
 密度が下がった分、どうしても書かなきゃいけないことが選別されて、筋立てがすっきりした様な気はする。執筆デバイスの制限による雰囲気の違いって、やっぱりあるんだ。

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晴れた空にくじら (2)

のんびりだけど戦果はすごい
評価:☆☆☆☆★
 日本に帰りついた峰越は鳥雷を設置され、雪平たち乗組員が軍属として引き続き運用することになった。指揮官もなく、乗員追加もなく、無線もなく、鳥雷の連続発射も出来ないというないないづくしの状況にもかかわらず、空戦域での単艦囮作戦に就く峰越。初陣を無難にこなし、相変わらず囮任務に就いていたある日、クニたちが遭遇したのは、奉天で遭遇したロシアの襲撃鯱だった。
 ほとんど一発しか鳥雷を撃てないので、その一発をいかにして生かすかが重要なのだけれど、撃ちたがりのクニが砲術担当で、あんまり深く考えない雪平が指揮担当なので、なかなかこれが難しい感じ。地の文で雪平ののんびり思考が繰り広げられる記述形式と相まって、戦争の物語なのだけれど、田舎で牛を追っているみたいな雰囲気になっている。どんな状況でも動じずに生きられるところがすごいのかも知れない。

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晴れた空にくじら (1) 浮船乗りと少女

懐かしくなって買ってみました
評価:☆☆☆☆★
 ボクがまだ大学院生の頃、気分転換に巡回していたサイトがいくつかありました。その中の一つ、科学雑文というものを公開していたサイトが大西科学。管理人はこの本の作者でもあります。そんな縁もあり、商業世界に進出していることを知り、試しに購入してみることにしました。

 我々の世界と似ているけれど少し違う世界。日露戦争下の奉天には鴨田空輸という小さな運搬会社があった。しかし、空輸というが飛行機ではない。空飛ぶ船による運搬である。この船は、浮鯨という空飛ぶ奇妙な生物の持つ浮珠という、1個で250kgの物体にかかる重力を相殺してくれる不思議な珠を装備した船であり、その珠を割ったり積荷(水)を捨てたりしてバランスをとりながら航行する。大体、潜水艦の空版と思っておけば良いと思う。
 この鴨田空輸の従業員である雪平は、社長が浮珠の調達に行っている留守番をしていた。そんな時、クニという見知らぬ少女が突然訪ねて来て、船を寄越せと山刀を突きつけられ脅される。紆余曲折を経て奉天を出航したものの、脱出の時のゴタゴタでロシア軍に追われる身となり、海上で追撃を受けることとなる。果たして無事日本につけるのか…、という感じのお話。

 雪平というのが非常にのんびり屋さんで、それを反映してか、物語の展開も少しかったるい所があるが、後半に行くほど前半の説明調が影を潜めてくるので、段々楽しくなってくると思う。ただ、今後どこに向かって物語を進めていくのか(クニの復讐劇とするのか、浮珠の謎に迫るのか、など)は現段階ではあまりはっきりしないところがあり、次への引きとして少し弱いかもしれない。

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ジョン平とぼくと (3) ジョン平とぼくらの世界

新しい学生生活の始まり
評価:☆☆☆☆★
 春。新入生がやってきた。お付き合いで一年生の教室まで行った北見重は、クラスの集団の中心に、ここにはいないはずの人物の顔を見かける。三葉と名乗っていたあの猫だ。しかし彼女が学校にいるはずもなく、今いるのは三葉の変身のモデルとなった子、のはず。そうなればもちろん父親であるあの男も出てくるわけで…
 彼らの目的や色々な人たちの関係が明らかになる第三巻。第一部完です。

 ここでこの作品の世界観の特徴を考えてみよう。現代社会との大きな違いは魔法があること。(実は携帯電話も登場していないけれど、それはあまり問題ではなさそうなのでおいておく。)この魔法の特徴は、効果が小さいこと、ではなくて、人間(たち)が存在しないと使えないという事だ。
 もちろん、魔法のエネルギー源は陽素や陰素と呼ばれる核反応により生成する何かであり、それ自体は人間がいなくても存在する。しかしそれは、ただあるだけでは世界に対して何の影響も示さず、いくつかのキーワードを唱えることにより脳内に引き起こされる反応が陽素を変換し、現実に影響を及ぼす。例えるならば、原油だけあっても意味がなく、ナフサを精製し石油製品を作ってはじめて商品価値があることに似ている。こう考えると、人間が陽素を材料として引き起こした現象(=魔法)と、人間が道具を使って引き起こした現象(=科学)は全く等価になる。
 本作のクライマックスでは、魔法>科学になる可能性が示されたが、それは実現することはなかったので、本当にそれが可能かは分からない。ただ、みんなが願えば世の中が良くなる、というのは、魔法があってもなくても真実であると信じたいところだ。

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ジョン平とぼくと (2) ジョン平と去っていった猫

日用品による事件解決、ふたたび
評価:☆☆☆☆☆
 ブラウ事件も収まり、懸案だった魔法試験も何とか無難に乗り切った春休みのある日、重が化学室の扉を開けると、そこには体操服を着た少女がいた。岡崎三葉と名乗るいかにも言動が怪しいその少女は、追われているので匿って欲しい、と重にお願いする。予想外の展開に狼狽した重は、女の子ということもあって幼なじみの鈴音に相談するが、彼女も匿ってあげれば、という。最後の砦のエンダーも、予想に反して匿うことに反対しない。
 結局、重の家に住むことになり、なぜか一緒に学校にまで行くと、化学室に再び招かれざる客が来る。その姿を見るなり逃げ出した三葉を追う内に、追手の正体と依頼主の存在が明らかになるのだが。寧先生の再登場、エンダーの格闘戦、ブラウ事件との関わりなど、見せ場がいっぱい、かつ、ほんわか世界の魅力が深まる第2巻。

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ジョン平とぼくと

エンダーの言動にはイラっとさせられる
評価:☆☆☆☆☆
 現代社会と同じくらいに科学技術は進歩している。ただし、違うところが一つ。「魔法」が存在していてみんなが使えること。人々は使い魔となる動物をそれぞれ飼っているし、天気は予報ではなく予言され、首相の使い魔の病状がトップニュースになってしまうような世界。高校生の北見重は、そんな世界ではちょっと外れている。上手く魔法が使えないのだ。でも彼はそんなことをあまり気にしないし、うまく言葉をしゃべれない使い魔ジョン平と仲良く暮らしながら、誰も来ない物理化学室で今日も一人で実験を行っている。
 ある日、重に物理化学室の鍵を貸してくれた教師が田舎に帰ることになり、代わりの女性教師、榎戸寧がやってきた。このまま実験をさせてもらえるか分からない重は少し不安になる。そして時を同じく起きるクラスメイトの使い魔の失踪。残される大爆発の跡。幼なじみの有吉鈴音から事件現場近くで寧先生を見たという証言を聞き、自分が疑われたこともあり、重は寧先生を調べ始めるのだが…

 全体的にとってもゆるい雰囲気。もっとシリアスな感じになってもおかしくないのだけれど、ジョン平が言葉を発するとそれも自然と緩んでしまう。時々間に挟まれる重の解釈に、いわゆる理系の理屈っぽさを感じる人がいるかもしれない。でもボクはそういうのが好きだし、最後の解決も思わずクスッと笑っちゃうような日常的な解決で好感度が高い。
 大人から見た青春群像ともまとめられるかもしれない。

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