大坂翠の書評/レビュー


 大坂翠の書評/レビューを掲載しています。

悪魔と小悪魔

円周率による祈り
評価:☆☆☆☆★
 キャリアとして警察庁にトップ採用されながら、時の警察庁長官の命令で巡査から叩き上げるパスを経てきた加藤真章警視正の体はもはやボロボロだ。しかし仕事に打ち込むのをやめる気は全くない。長期休暇中に無理矢理入らされた彼は、円周率暗唱の世界記録を持つ星野王子が秀才高校生の秋津貴裕をめった刺しに刺し殺した事件に首を突っ込むことになる。
 その現場にやって来たのは、元警視監で犯罪コンサルタントをしている蛇池嘉文とその助手の犬君だった。子どもが関わる事件には必ずと言っていいほど現れる蛇池を、加藤は毛嫌いしている。そして今回も、事件に子どもが関わっていた。

 そもそも星野王子が殺人を犯した動機が、女子高生の榎本奏恵に世界記録を抜かされそうになっているということ。いまもなお、密室の目隠し状態で暗唱を続ける彼女が十六万桁を超えれば、世界一の座は彼女に移るのだ。
 それを阻止するため、彼女の大切な人間を殺して大会を中止させるべく、彼氏であるという秋津を殺害したわけだ。

 休暇中ゆえに現場から外された加藤は蛇池と同席することになり、彼から新たな事件に関する視点を提供される。それには、榎本の周囲の人間である、滝川阿羅多、滝川那由多、能登谷朔らが密接に関係しているというものだった。

 主人公が名探偵未満で、安楽椅子探偵に導かれながら、その状況に反発しつつ、事件の謎を解き明かしていくという構成になっている。その謎の重要な要素が、円周率の暗唱というわけであり、円周率の記憶詩、ニーモニックに、犯意が隠されているのだ。
 ただ、どんな裏設定があるのかは分からないが、作者だけが楽しめるような、読者に説明する気がない前日談が散りばめられているのが気持ち悪い。それが物語の主軸に機能する内容ならばともかく、特に必要のないことだから、ノイズにしかなっていないように感じる。

 このあたりの独りよがりな感じが薄れてフィルタリングされるようになれば、もっと面白くなると思うんだけどな。

悪魔と小悪魔

美少女に振り回される悪魔たち
評価:☆☆☆☆★
 ルネサンス期に18歳という異例の若さで悪魔になった元・人間のバルサザーは、地獄でも一目置かれる存在だ。一説には、17世紀の日本で生類憐みの令を主導して混乱を巻き起こしたなどという噂もある悪魔なのだ。

 ところが、同じ様に有能さで知られる大悪魔のマルドゥクが、犬に召喚されるという失態を笑っていたのも束の間、バルサザー自身も、似たような罠にはまってしまう。
 彼を召喚したというのは蜜という子どもだというのだが、実際にはその隣の仁緒という子どもが蜜をそそのかして召喚させたらしい。だが蜜の魂はエンジェルという天国行きの魂で、悪魔には何の魅力もない。けれども仁緒の魂は、黄金という一世紀分の全人類の魂に匹敵するほどの垂涎の魂なのだ。それは何とかして手に入れたい。

 バルサザーは誰もが認める才能ある悪魔。たかが人間の少女くらいどうとでもなると思っていたところ、逆にやり込められてしまって魔力を一時的に失い、逆にハウスキーパーとして仁緒のお世話をすることになってしまうのだった。

 これまで悪さを極めて来た有能な悪魔が、わずか14、5の少女にやり込められてしまうところに滑稽さがあるわけだが、きちんと最後まで読み進めれば、なぜそんなことになってしまったのかには、それなりの理由があることが分かる。
 スコピオ・シナモンという大王なのにちっこい悪魔がコミカルに虫っぽくやられたり、魔法を使える悪魔がクリスやマダム、白クジラといった人間に手も足もでなかったり、前半は基本的にコメディタッチで進む。その転換が唐突で慌ただしい所は、まるで何者かの手が加えられているかのようだ。
 後半は前半に張られた伏線の謎解きへ。ロジックパズルの様な要素をからめつつ、そもそもの発端と黒幕が誰なのかが明らかになって行く。強大な力を持つ悪魔が振り回されるのには、更に強大な力が関わっているという訳だ。
 でも、人間が無力かというと、そういうわけでもない。仁緒は悪魔にチャンスをもらったわけだが、それを生かして悪魔を出し抜くほどの知恵を手に入れたのだから。

 マクベス、神曲、ファウストなど、古典の要素を所々に散りばめつつ、細々と散らばるエピソードを、ある力によって一つにまとめた物語だ。ゆえに、ちょっとバラバラ感や唐突感を受ける作品でもある。特に前半は。あと、15世紀くらいの欧州の人物であるはずのバルサザーが、なぜカレーを作れるのかは疑問に思った。
 ちなみに、ググったら、このラノの第一回にも応募されていた作品であることが分かった。タイトルは違うけど。

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