火海坂猫作品の書評/レビュー

彼と人喰いの日常 (4)

愉快ならざる幕切れ
評価:☆☆☆☆★
 神咲十夜が大神黒衣に命じて奪った来海立夏の記憶を再操作した因幡葵を食い殺させ、来海立夏は再び、神咲十夜のことは忘れたはずだった。しかし、なぜか彼女は、神咲十夜が来海立夏に暴力をふるっていた父親を殺させたことも知っており、その上で神咲十夜に告白してくる。
 混乱する神咲十夜だったが、その裏面にある謎はすぐに解けた。殺したはずの因幡葵が現れ、自分が立夏の記憶を操作したという。彼女には、古き時代の帝、かつての黒衣の主が仕えた帝の残留思念がとりついていたのだ。

 帝の持ち出した、立夏を解放するための条件は、黒衣に命じてこの国をむちゃくちゃにさせること。立夏の身を取るか、その他の命を取るかで選択を迫られる十夜だったが、黒衣のアドバイスで、月末までの猶予を得ることができた。
 だが、帝はただ大人しくはしておらず、黒峰真白らも巻き込んで、普通のふりをしてみんなで遊びに行く企画を立てたりするのだった。

 シリーズ最終巻。人殺しを命じた意思に対する罰は、一体どうなるのかと聞きたいところ。だって黒衣は道具だったのだからね。

彼と人喰いの日常 (3)

偽りの日常
評価:☆☆☆☆★
 退魔省の急進派である因幡朱音と、後輩の黒峰真白にまつわる事件を乗り切り、大神黒衣と神咲十夜、そして退魔省の田中との契約関係は安定期に入った。一ヶ月に一度、死刑囚を黒衣に食べさせさえすれば、他の誰も犠牲にしなくて済む仕組みが出来たのだ。
 しかしそんな欺瞞に満ちた日常は長くは続かない。因幡朱音の妹である因幡葵が黒峰真白のクラスに転校してきて、そしてある日突然、黒衣が消した幼なじみの来海立夏の記憶が元に戻ったのだ。いや、それだけではなく、十夜が立夏のDV父を殺したことは忘れたまま、黒衣や真白都の関係が矛盾なく調整されていた。当然、何者かの意図が働いている。

 無駄な殺人をしないために疑うことをしたくない十夜であるが、事態は無常にも、彼の望まない方向へと進んでいく。見かけ上は、大好きな幼なじみや後輩と一緒に海に遊びに行くという楽しい展開なのだが、その影では、十夜は鬱々と楽しまない。そして黒衣は、十夜が考えるのを避けている手段をとるときが近づいて来ているのを彼に知らせるのだった。

彼と人喰いの日常 (2)

失ったものを守るために
評価:☆☆☆☆★
 大神黒衣という妖と契約したことで、神咲十夜の日常は失われた。幼なじみの来海立夏の抱える問題を文字通り消し去ったことで、彼女の精神を守るために、彼自身の存在を彼女の中から消さなければならなかった。そうして彼の手元に残ったのは、毎月一人の犠牲を必要とする自称婚約者の大神黒衣と、退魔省との関係だ。
 とりあえず、退魔省の判断は静観なので高校生活は継続出来ているのだが、退魔省内部も一枚岩ではない。十夜と黒衣の即刻排除を主張する因幡朱音が現れ、十夜の心を少しずつ削っていく。

 とにかく、退魔省との関係悪化を避けるべく、彼らの外部委託先として心霊事件の捜査を行うことにした十夜は、妖刀で同級生を切った疑いのかかる少女・黒峰真白に接することになる。彼女は黒衣と出会う前の十夜と同様に、同級生からいじめを受けていた。

 自分が生きるためには何かを犠牲にしなければならない。それは生物としての業ではあるのだが、黒衣の場合はその犠牲が人間であるということが、人間の日常からは乖離している。そして彼女の力を十夜は使わざるを得ない。使わないということは、彼と彼の大切な者の破滅を意味しているからだ。
 その彼の前に現れるのが、正義の味方を標榜する朱音だ。彼女は徹底的に十夜を糾弾し、彼は即刻死ぬべきであるという。その精神攻撃に苛まれながら、少しでも役に立つ害悪として、日常の中に居場所を見つけようとしていく様は、せつない。

彼と人喰いの日常

月並みだけれど、力の代償
評価:☆☆☆☆★
 高校生の神咲十夜が川原で集団リンチをされているとき、謎の幻聴を聞く。その言葉に従って契約をした途端、痛みは消え、気づけば目の前には、美しい少女の姿をした狼の妖・大神黒衣がいた。彼女はその手に、先ほどまで十夜を痛めつけていた少年の生首を持っていた。
 十夜が黒衣と交わした契約は、十夜に絶対服従する代わりに、一月に一人、人間を喰わせるということ。別に彼が犠牲者を連れて来る必要はない。ただ指定しさえすれば良い。しかし、もし指定しなければ、彼女が勝手に喰う人間を選んでしまう。

 そんな異常な心理状態に叩き込まれた十夜だったが、黒衣が婚約者を名乗って転校生となって来たため、幼なじみの来海立夏がやきもきして近づいて来てしまい、気が気ではない。何せ相手は人喰いなのだ。大切なものほど遠くに置いておきたい。
 だが、自分で手を汚すことなく、証拠を残すこともなく人間を消し去る手段を手に入れたということは、あまりにも大きい力だ。その事実は、彼の人生を歪めていくことになる。

 ボクは将棋は結構好きだけれど、チェスはあまり好きではない。なにが気に入らないかと言えば、エンドゲームが近づくに連れがら空きになって行くチェスボードだ。自分の邪魔になるものは世界から排除して戻さない。その思想があまり好きにはなれない。
 ここで十夜が手に入れた力も、そういうものに近い。たとえ犯罪者や、自分と関係ないものを対象に選んだとしても、その相手が跡形もなく消えたとしても、彼が選んだという事実は消えないのだ。そうして彼は、望まない力を得た代わりに、何よりも望んでいたものを失ってしまう。哀れで仕方がない。

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