三枝零一作品の書評/レビュー

ウィザーズ・ブレイン IX 破滅の星 上

評価:☆☆☆☆★


ウィザーズ・ブレイン (8) 落日の都 下

3年ぶりですね
評価:☆☆☆☆★
 賢人会議の参謀である天樹真昼が、シティ・シンガポールと賢人会議の同盟反対派に利用された元神戸軍の生き残りによって拉致されてしまった。賢人会議のメンバーが集まる建物には市民のデモ隊が押し寄せ、一触即発の空気が醸成される。
 事態を打開するため、反対派のトップである元軍人の自治政府議員のもとを訪れたサクラと天樹錬は、状況を悪化させる一手として利用されそうになってしまう。

 一方、拉致された天樹真昼は、後先も考えずに義憤によって暴発した兵士の手により、殺害されそうになっていた。

 天樹真昼の立ち位置って、ヤンなのかね?だとすればユリアンに相当するのはいったい誰なのか…。

ウィザーズ・ブレイン (8) 落日の都 中

神戸軍生き残りの狙い
評価:☆☆☆☆★
 賢人会議の参謀、天樹真昼が、シンガポールと賢人会議の同盟調印直前に狙撃される。狙撃したのは、シンガポールの同盟反対派と結んだ、元神戸軍の生き残りだ。彼らが救出した元神戸市民のシンガポールへの居住権がその報酬らしい。
 サクラは真昼を心配しながらも、悪化しつつあるシンガポール市民の感情に留意しつつ、調印作業を進める。しかし、調印式当日、事件は起きるのだった。

 シティのマザーコアを巡る魔法士と人間の対立。そして、空を被う雲を除去するために必要な代償の正体。それらが明らかになるにつれ、この状況を演出した存在の意図が見えてくる。
 あとは下巻+2エピソードらしいので、続々出版していただきたいです。

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ウィザーズ・ブレイン (8) 落日の都 上

変化を強制する劇薬と拒絶反応
評価:☆☆☆☆★
 魔法士誕生の秘密と彼らの遺伝子にかけられた枷の存在を暴露することでシティの仮初めの平和を乱し、武力介入と亡命者の受け入れでシティに匹敵する影響力を手中にしたサクラと天樹真昼が率いる賢人会議は、北極事件から半年でシティ・シンガポールとの同盟成立にまでこぎつけようとしていた。
 しかしその一方で、賢人会議は世界に、魔法士と普通の人の間に対立をもたらしつつあった。残り30年というマザーシステムの絶対的タイムリミットが示唆する暗黒の未来像は多くの人々の思考を停止させ、そこから漏れでる漠然とした不安感が争いの種を育てる。
 そんな世界情勢の中で、壮大な理想を胸に時代を疾走する真昼と、世界各地に散らばる実力者達が集結したシンガポールで起きる事件とは?

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ウィザーズ・ブレイン (7) 天の回廊 下

ありきたりな言葉だけど、道具に罪はなく、常に使う側に問題がある。
評価:☆☆☆☆☆
 いくつかの秘密は暴露され、でも新たな謎も登場する展開。こう言ってしまうと何だけど、詳しい内容は読むべし。

 ところで、大気制御衛星暴走事件前の地球連合は、意外に政策決定機関としてきちんと機能していたらしいことが分かる。エネルギー分配問題の解決手段として戦争ゲームみたいなものを用いていることから考えて、全てのシティが壊滅的攻撃能力を有し、かつ、反撃を確実に防ぐことが出来ない、という状況が読み取れるだろう。
 内政的にも、全ての人が同程度に満ち足りた生活をおくれているならば、特に問題は発生しない。イスラム系の人が登場しないのでそのあたりの問題をどう回避したのかよく分からないが、とにかく人類は均質化されてしまっていた様に思える。

 満足してしまった人は、かなり保守的になる傾向がある気がする。なぜなら、変化した先でも同等以上の生活が保障されるという確信は、誰にもないからだ。でも一方で、人よりも良い生活を送りたいという意識も併せ持つ。他よりも飛び抜けた力を持てば、誰にもその地位を脅かされる心配はない。
 地球連合としては安定を望み、シティとしては向上を求める。そもそも事件は、どちらの性質が強く働いたんでしょうね?

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ウィザーズ・ブレイン (7) 天の回廊 中

魔法士も怖いけれど人間も怖い
評価:☆☆☆☆☆
 一般の人から見た魔法士の姿とか、研究者の世界観とか、色々と新たな視点が出てきました。

 転送システムの作動で北極上空の大気制御衛星にとばされたメンバーと、地上施設に住む老人たちに拘束されたメンバー、そして各陣営に散らばるメンバー。シティの思惑も絡み、それぞれが十全とは言えない状況の中、真昼の策により、第三極がでっち上げられる。引き離された人たちは、いつ合流できるのだろう。
 後半は主にアルフレッド・ウィッテンとはじまりの魔法士アリスの物語。今回は結構ほのぼの系で攻めて来たけれど、後でこれがガラガラと崩されるのだろうなあ。

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ウィザーズ・ブレイン (7) 天の回廊 上

北極に全員集合
評価:☆☆☆☆☆
 残された手がかりをもとに、情報制御理論の謎を求めて北極まで来たヘイズとクレアは、そこでシンガポール・シティが大規模軍事演習を行っているのを知る。その背後には、天樹真昼たち、賢人会議が関わっていた。
 自らの統治空域で軍事演習をかまされ、ロンドン・シティも軍を派遣する展開になる。そして、北極に隠された施設には、黒沢祐一も来ていた。

 アルフレッド・ウィッテンの導きにより、情報制御理論のはじまりの謎が紐解かれ始める。

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ウィザーズ・ブレイン (6) 再会の天地 下

私は道を示さない、可能性を残すだけだ
評価:☆☆☆☆☆
 アニル・ジュレがマザーシステムへと向かう姿は、さながら、ゴルゴダの丘に向かって歩くイエスの様だ。それによってもたらされるものが、完全な救いではなく、自ら悔い改め行動するための猶予を与えるだけ、というのも似ている気がする。
 アニルは、おそらく、天樹錬やフィアに何か大きな影響を残した。それは、今後の彼らの行動原理となるものだろう。一方で、サクラがその影響をほとんど受けていないのは不思議だ。彼女から見れば、自ら望んでマザーコアとなる魔法士の存在は、彼女の行動原理を揺るがしてもおかしくはないと思うのに。

 サクラは、アニルがマザーコアであるという事実が分かってからも、アニルの行動を妨害し続ける。彼女が魔法士を助けようとするのは、魔法士が自分で選択できない状況を押し付けられているのを解消するため、という理解だったので、これは少し意外だった。
 この行動から考えると、サクラはもはや、状況判断を全て真昼に投げてしまっている、ということなのかもしれない。

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ウィザーズ・ブレイン (6) 再会の天地 中

思っていることはとりあえず言っちゃおう
評価:☆☆☆☆★
 フィアを護る天樹錬が、なりゆきで、マザーコア推進派のアニル・ジュレ主席執政官を護衛することになり、つまりは天樹真昼とも敵の立場になってしまう。マザーシステムの真相を市民に公開しようとする勢力とそれを阻止しようとする勢力、魔法士と人間、それぞれが自らの理想を体現すべく、明に暗に活動するのだけれど、いまのところ推進派が先行している感じがする。
 でも、アニルと真昼は、音も似ているけれど、くえない感じはもっと似ていますね。そばにいると、みんな、自分のペースが分からなくなってしまう。

 そんな争いの裏側で、偶然に集まった、月夜、ヘイズ、イルが持つ情報が合わさる時、情報制御理論誕生の謎が見えてきたり、見えてこなかったり。街中で出会っちゃうクレアとサラ、フィアのやり取りなんかも微笑ましいですし、ディーと錬の弟対決も興味深いです。

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ウィザーズ・ブレイン (6) 再会の天地 上

生かす命、生かされる命。殺すもの、殺されるもの。
評価:☆☆☆☆★
 天樹真昼とサクラにより全てのシティの住民に知らされた、マザーコアの秘密。その影響により市民の間に不協和音が聞こえ始めた頃、賢人会議は次の一手を打つべく、ニューデリーに向かう。
 その情報を聞きつけたモスクワとマサチューセッツは、イルとクレアをそれぞれ派遣する。また、姉と兄を必死に探す天樹錬とフィア、その依頼を受けたヘイズもニューデリーに向かっていた。

 魔法士の人権を護り、魔法士のマザーコアへの徴発を否定してきたニューデリーの執政官アニル。その信念を翻し、突然マザーコアの交換を進めようとする理由は何なのか。これまで登場してきた魔法士たちが、出会い始めます。
 家族を護るとか、作られた魔法士を護るとか、多くの人間を護るとか、それぞれ異なる考え方の彼らの出会いは、果たして何を生み出すのか、あるいは壊すのか。

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ウィザーズ・ブレイン (5) 賢人の庭 下

数字にすると見えてくるもの、数字にすると隠れてしまうもの
評価:☆☆☆☆★
 政治や経済の世界では、しばしば、人間を数字として扱う。出生率に始まって、就学率、1人当たりGDP、失業率に平均寿命、戦争が始まれば損耗率なんて数字でも表される。これは政治や経済が、「なんとな〜く、しあわせ」という感覚的なものではなく、「○○政策の方が+10だけ余分に幸せ」という様に、明確に比較・評価しなければならない性質のものだからだろう。
 今から30年以上前に、『人命は地球より重い』と述べてハイジャック犯の要求に屈した政府があったが、これも、要求を撥ね付けた時のデメリットとのんだ時のデメリットを比較・検討した上で出した結論だったのだと思う。だから、必ずしも人間を数字として見ることが悪いことだとは思わない。

 しかし、この様な考え方も、行き過ぎると何かおかしなことになってくる。「このまま戦争が続けばもっとたくさんの人が死ぬから」と言って原子爆弾を投下したり、「いま生きている人が安楽に暮らすために借金をして、将来の人にその返済を押し付ける」なんていう選択もその例だろう。前者は将来死ぬかもしれない人とその時確実に死ぬ人を比較しているし、後者はいまの幸せと将来の幸せを比較している。その時点では得が大きい方を選択しているのかも知れないが、原爆投下は後遺症と禍根を残したし、借金はあとで利子が膨らんで大変なことになるだろう。
 だから、先の先まで考えると、どちらが得なのかはよく分からない。しかし、悩んでばかりで行動しないのも意味がないので、神ならざる人間の身なれば、可能な限り判断材料を集めて、自分が最善と思う道を選択するしかないのも事実だ。

 イルは自分の方が多くの人間を救えるから、と言ってサクラをいじめる。しかし、サクラの考え方にだって一理ないわけではない。自ら選択してシティか何かのために命を賭けることと、シティ存続のためだけに生み出される殺されることの間には、選択の自由度という意味で雲泥の差がある。だから、その選択の余地を与えようとするサクラを責めることはできない。
 第一、犠牲の羊として殺した魔法士を生かすことによって、将来もっと多くの人間が救われる可能性だってないわけじゃないんだからね。

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ウィザーズ・ブレイン (5) 賢人の庭 上

どの視点に立つかという、ただそれだけの違いなのに
評価:☆☆☆☆★
 天城錬たちが世界樹の事件に巻き込まれている頃、天城月夜・真昼の姉弟は、メルボルンで賢人会議の魔法士サクラと出会っていた。サクラという名前に過去の記憶を呼び起こされた真昼は、不確定要素が多い状況にもかかわらず、積極的に事件に係わることにする。
 同じ頃、賢人会議の正体を確かめるべく、黒沢祐一と共にメルボルンに潜入したディーとセラは、祐一の不在をついて襲撃してきたモスクワ所属の魔法士イルに敗れ、ディーは捕虜となってしまう。

 マサチューセッツのファクトリーで生まれ、使い捨てられる同胞に怒りを感じて人間を憎んだ過去をもちながら、今ではモスクワ・シティ維持のために自分の命をも惜しまない行動をとるイル。そして、かつて目の前の同胞を救えず、その後悔を取り返すかの様に各地の同胞を救い出すサクラ。
 それぞれが信じる道を突き進むゆえに衝突せざるを得ない二人の結末は?そしてそれに天城姉弟はいかに関わるのか?

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ウィザーズ・ブレイン (4) 下 世界樹の街

大きな力は一気に何かを救えるかも知れないけれど、その反動もまた大きい。
評価:☆☆☆☆★
 少し、科学者たちの視点からの世界が見えてきました。基本的に自分の好奇心を満たすことを行動原理とする科学者であっても、同じ世界に生きる人間である限り、世界に対して全く無関心ではいられない姿。魔法士とは違って物理的に大きな力が揮えるわけでも何でもないけれど、自らの力の及ぶ範囲で何かしようとする。
 相互扶助の様な精神は、社会性動物たる人間の遺伝子かどこかに刷り込まれていて、普段は隠れていても、ピンチになると表出してくるのかも知れません。

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ウィザーズ・ブレイン (4) 上 世界樹の街

出会いだす実力者たち
評価:☆☆☆☆★
 これまで各巻で登場した魔法士たちが出会い始めます。便利屋の天城錬とフィアが潜入した遺棄プラントで二人を攻撃してきた人形使いエドワード・ザイン。フィアの働きで和解したところに、ロンドン・シティの依頼を受けてエドを捕縛に来た、ヘイズとHunter Pigeonの襲撃を受ける。体調を崩したファンメイの治療のため、シティに身を寄せたヘイズに対して代償として要求された依頼だった。
 情報制御理論の創始者の一人、エリザベート・ザインの残した世界樹の種。コアとして利用しようとするシティと、エリザベートが最後に望んだであろう、青い空を取り戻すために使用しようとするエド。そして、自らの変調に絶望しつつあるファンメイ。それぞれの思惑が錯綜した状態で次巻に続きます。

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ウィザーズ・ブレイン (3) 光使いの詩

子孫を残すのは生命に許された奇跡
評価:☆☆☆☆★
 魔法士には、人間として生まれたあとに改造されてなる後天的魔法士と、生れ落ちたときからI-ブレインを備えている先天的魔法士がいるらしい。今回のお話は、同じ先天的魔法士でも、研究者の手により人工的に作られた少年ディーと、魔法士の母親から生まれた少女セラが出会う物語である。

 このシリーズの主役は魔法士である。だからこれまでも、様々なタイプの魔法士が登場してきた。彼らは人間と同じ様に食事をし、笑い、悩み、生きている。しかし一方で、I-ブレインという強力な演算装置を自らの内に持ち、周囲の物理法則を塗り替えてしまう程の処理を行える。普通の人間から見ると、一種のバケモノ、別種の生物だろう。
 ところで、進化とは何だろうか。進化論によれば偶然とほんの少しの遺伝子の変異により発生する奇跡であり、創造論によれば創造主によりデザインされた新たなる生物の誕生ということになるだろう。つまり魔法士とは、人工的に進化を促進された人間、と見ることもできる。

 これまでの物語は、研究対象である魔法士の視点で世界を描いていた。だが、元々、著者は研究者らしいので、今後は研究する側の視点から世界が描かれることもあるだろう。どんな解釈をするのかが、少し楽しみである。

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ウィザーズ・ブレイン (2) 楽園の子供たち

最後の一瞬まで足掻き続ける
評価:☆☆☆☆☆
 神戸シティ崩壊から3ヵ月後、大戦のゴタゴタで忘れ去られていた空中研究施設に潜入したフリーの魔法士ヴァーミリオン・CD・ヘイズは、龍使いと呼ばれる少年少女の魔法士たちに見つかってしまう。彼らは大戦が勃発したことも知らず、ただ自分達だけで暮らしていた。
 前巻に登場した天城兄弟や黒沢祐一は今回は登場しない。同じ世界の中で、別のタイプの魔法士が活躍する。技術的に可能だということと、倫理的に許されるということは必ずしも重ならないということが分かる。今回も登場する人物たちはとても優しいです。

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ウィザーズ・ブレイン

知らないことも幸せの一つの形かも
評価:☆☆☆☆★
 サイバーグ、ウィッテンの名前を見ると素粒子物理学を思い出すが、これらは作中の情報制御理論という架空理論に関係している。
 この理論によると全ての物質は情報と等価であり、『情報の海』にある情報構造体と時空の物質が対応していて、どちらか一方を操作するともう一方も変化するという関係があるらしい。このため、既存の物理では実現不可能な現象も、情報を書き換えてやることによって実現させることができるようになる。
 この操作を可能にするのが、i-ブレインという、人間の脳と演算装置を有機的に結合させたもの。これを搭載した人間は魔法士と呼ばれ、主に軍事目的に利用されている。
 なぜこんなに凄いシステムが主に軍事利用なのかというと、人類が滅亡の危機に瀕しているからだ。シティと呼ばれる居住用構造物の建築などで資源・エネルギー問題、食糧問題、人口問題を解決し、気象まで自由に操れるようになった人類は、その気象制御衛星の誤作動により、地球を人為的な氷河期に突入させてしまう。
 太陽光エネルギーの利用が絶望的になると、限られたエネルギーをめぐって世界大戦が勃発する。アフリカ大陸を吹き飛ばして戦争が終結したときには、勝利者たる人類はその人口を1/100にまで減少させていた。
 そんな時代、フリーの魔法士である天城錬は、姉や兄には内緒で、軍艦で輸送される研究物を奪うという仕事を請け負う。しかしその対象は物ではなく、自分と同じ年頃の少女だった。

 天災と同じ規模の人災が起こせる世界。荒廃した世界におけるわずかな希望にして絶望は、抗う術も同時に存在することである。例えば現代では、夏を涼しく過ごすためにエアコンを使用する、これも夏に抗う一つの方法だろう。だが、エアコンを使用するには電気が必要であり、発電には原油が必要だ。つまり、エアコンを使用するには、死ぬほど暑い中東で原油を採掘する人が必要ということになる。
 我々は、電気料金を支払い、そのうちいくらかが中東の採掘者に賃金として支払われることを知っているから、彼らに対して特に罪悪感は覚えない。これは労働の対価としてお金が認められているからだ。では、対価を支払えない代償を要求された場合は、どうすれば良いのだろう。しかもそれを要求されるのが自分ではないのならば。この作品は、そんな問いかけも含んでいる気がする。

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