楽聖少女(杉井光)の書評/レビュー


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楽聖少女

魂を奪われる音楽のはじまり
評価:☆☆☆☆☆
 嵐の日の学校の図書室にいた二十一世紀の少年は、突如現れた悪魔メフィストフェレスにより「ユキ」以外の名前を奪われ、十九世紀の欧州に連れて来られた。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの新たな身体としてだ。
 ゲーテの仕事仲間であるヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・シラーも、数多くのファンたちも、ゲーテが急に若返ったことをさほど不思議には思わずに受け入れてしまう。そして、この世界自体、二十一世紀の歴史の知識から見ると技術的に進み過ぎているのだ。

 ゲーテがメフィストフェレスとした契約は、彼が感動に打ち震え満足する瞬間が来たら魂を明け渡すというもの。ゲーテの知識はあれど意識はユキのままという状態に置かれてしまったユキとしては、ひたすら感動しない様に、感動しそうなものには触れない用心をせざるを得ない。
 それにも拘らず、ユキは彼が大好きな音楽家に出会ってしまった。何故か少女の姿をしたその音楽家の名前は、ルドヴィカ・ファン・ベートーヴェンという。ユキの両親を出会わせた「英雄変奏曲」の作曲者である。

 彼女の演奏を最後まで聞いてしまえば絶対に感動してしまう確信があるユキは、ひたすら彼女と接触しない様にしようとする。しかし、ハプスブルク家のフランツ二世の依頼で、皇女マリー・ルイーゼとその叔父ルドルフ・ヨハネス・ヨーゼフ・ライナーの家庭教師をすることになった縁で、再び宮廷で、ルドヴィカと遭遇することになってしまった。
 彼女の曲を聞こうとしないユキに対し、ルドヴィカはやたらと絡んでくる。それに、彼女の側にいれば、フランツ・ヨーゼフ・ハイドンやアントニオ・サリエリ、そしてなぜか死んだはずの、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやマリー・アントワネットにまで遭遇してしまうのだ。

 歴史を知っているからこそよりはっきりとわかる、ルドヴィカの偉大さ。しかし時代は、彼女に自由な音楽を許さなかった。彼女が「ボナパルト」と題された、葬送行進曲を含む交響曲を発表しようとしていることを知った悪魔に連なるナポレオン・ボナパルトは、ニコロ・パガニーニを遣わし、オーストリア政府に圧力をかけて来る。そして、悪魔の匂いを嗅ぎつけた教皇庁検邪聖省の手も、ルドヴィカやユキに迫って来るのだった。

 ネタバレというほどのこともないだろうが、ゲーテ「ファウスト」を底本に、音楽と日本の高校生を絡めた、作者らしいラブコメ風ファンタジーとなっている。
 ユキの奪われた名字は、きっと「桧川」というんじゃなかろうか。あの二人の子供なんだろうな。

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