奈須きのこ作品の書評/レビュー

月の珊瑚

聞いて初めて感じることもある
評価:☆☆☆☆★
 海の真ん中の珊瑚の島に、一人の美しい少女がいる。訪れる求婚者に難題を突き付けて追い返す。そうすることで相手の愛の深さを確かめるように。
 そんな彼女のもとに、宇宙服を着た小さな配達人が現れる。彼は彼女に商品の対価として、口伝の物語を文字にして欲しいという。その要望に答えて紡がれる物語は、かつて月で起きた始まりの物語だ。

 朗読CD付きの物語。本を読み朗読を聞くと、黙読する時ってかなりいい加減に雰囲気で読んでいるんだな、と思わされる。あれ、そんな文章あったっけ?と改めて気づくことが多々あるのだ。

 この物語では、互いに直接的なコミュニケートが出来ない男女が登場する。一方は文字表現が出来ず、他方は文字でしか感情を理解できない。
 しかしそれでも互いのことを思って行動することで、その間には感情がはぐくまれていく。恋という感情だ。だがそれなのに、彼らはすれ違い続けて別れることになる。このすれ違いと似たような感覚を、黙読と朗読の間に感じてしまった。


空の境界 未来福音

過去を知り未来を見る
評価:☆☆☆☆★
 私立礼園女学院に通う瀬尾静音は、実家に帰る途中で黒桐幹也と出会う。彼女が予測した不幸な未来を回避するために、見知らぬ男性と揉めていた彼女に救いの手を差し伸べてくれたのだ。一方、両儀式は、倉密メルカという爆弾魔と対峙していた。蒼崎橙子が言うには、その爆弾魔には測定の未来視があるという。
 前日談でもあり後日談でもある外伝短編。様々な時間軸でのエピソードが織り込まれるが、キーとなる人物を介して、本編のキャラとつながっていく。そして今回、キーとなる人物は、観布子の母も含め、未来視の能力を持つ人々だ。

 彼らがその能力をどう使い、どう受け止め、どう生きていき、どこにたどり着くのか。その物語を知ることで、本編のキャラクターの過去を、そして未来のエピソードを垣間見ることが出来る構成になっている。
 というわけで、本編を知らなくても一応は楽しめるとは思うが、やはり本編を読んでからの方が楽しめる作品だと思う。

3/16事件

はっちゃけちゃった感じがする
評価:☆☆☆☆☆
 「えの素」の榎本俊二氏と「空の境界」「DDD」の奈須きのこ氏が、それぞれオリジナル漫画と小説を作り、それを交換して互いの分野で表現しなおすという競作企画になっている。

 榎本氏が描いた「MAGNITUNING」は、年齢職業もバラバラな5人の男性が、コマ割りもなしに紙上を縦横無尽にレースをするというだけの作品だ。何のために走るのかも明かされない。ゴールすればどうなるのかも分からない。
 読者に分かるのは、各ページで繰り広げられる、レース障害に対する各人の反応のみ。それだけなのに、ページをつなげるとそれぞれの人生が浮かび上がってくるような気がするから不思議だ。

 奈須氏が書いた「宙の外」は、アゴニスト異常症患者の二人を主役に据えた作品だ。最強少女・石杖火鉈と最強ニート・大熊猫目々の邂逅を描く。オリガ記念病院崩壊の時、大熊猫目々の病室を訪問したカナタが見た、病室に広がっていた世界は、4千もの星々を抱える宇宙だった。
 そこで繰り広げられる、ふたりのテンポの良い会話と、不条理なまでの超展開、そして最後にもたらされる結末は何か。

 そしてこれらの作品を、互いが互いの領域で描きなおしたとき、それぞれの良さを残したまま、それぞれの個性が付け加えられる、かも。宙の外は手塚作品ぽい感じになってしまった気がするし、MAGNITUNINGには5人をつなぐストーリーが出来て論理性が加わった気がする。
 普段はあまり読まない領域に触れられて、面白い体験でした。

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