西村悠作品の書評/レビュー

妄想ジョナさん。

妄想の彼女と走り回れ!
評価:☆☆☆☆★
 僕は大学一年生の春に失恋した。相手は大学前にある電柱だった。妄想癖のある僕には電柱が読書の似合う深窓の令嬢として認識されていたのだ。だがその彼女は、ある日突然、消えてしまった。僕が電柱だと気づいてしまったのだ。
 こうして周囲から変人扱いされることが当たり前になった大学二年生。僕は自分の部屋に閉じこもっていた。訪ねてくるのは、砂吹という変人くらいだ。そんな時、僕の前に人型の妄想が現れる。それは小柄な女性の姿をしていた。そして彼女は言う、もっと人間ときちんと付き合え、と。

 ジョナさんと名乗る彼女に引っ張られ、ゼミのコンパに出席して絶望したり、学園際のイベントに参加して電柱美女と同じ容姿の安藤さんに出合ったり、推理小説研究会の会長・坂井に引っ張りまわされてゲームをしたり、傷つきながらも徐々に仲間が出来ていく。
 しかしそれは別れの始まりでもある。自分の妄想とは理解しつつも、自分に親身になり、自分の子とだけを考えてくれるジョナさんに恋心に似たものを感じるようになっていた頃、彼女の姿が透けだしたのだ。もともと僕が現実に復帰する助けになるために生まれた妄想なので、その役割を果たせば彼女の寿命はそこまでなのだ。

 アニマ・アニムスの概念もあるように、理想の異性は自分の心の中にある。普通はその理想と自分が相まみえることは、夢の中くらいでしかありえない。しかしこの主人公は、その彼女が自分の目の前に現れ、会話をし、自分の部屋で暮らすのだ。それは惚れないわけがない。
 だが相手はあくまで妄想。それと真剣に恋愛をすることは、常識的にありえない。それはある意味で禁忌だ。しかし禁忌ゆえに盛り上がる感情もある。その葛藤が、そして予見される結末が、せつなく、美しく、かなしい。

 それでもこの別れはかなしいものではない。なぜなら、彼女との別れは僕の新たな人生の始まりを保証しているのだから。

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