水鏡希人作品の書評/レビュー

人形たちの夢 後篇

虎口を避けて狼口に飛び込む
評価:☆☆☆☆★
 姉エオノーラの目を盗み、ルシャの首都センテル・レルブルトに住む実業家グレイク・マルティスからの依頼を受けたトゥリスの隠し名を持つ魔術師エオノーラ・エリクルスと、姉からお目付役として派遣された元新聞記者のミュンは、怪盗ルポール・セニンに翻弄されながら、アルタシアという王族らしい少女を保護することになった。
 レクセーエフ侯爵の屋敷から脱出したものの、警官隊に追われ進退窮まったエオノーラとミュンを助けたのは、豪華飛行客船ティターン号の処女航海に乗船した女優ルイーシェン・コストバールだった。彼女の紹介で大使館を訪れ、潜伏の手助けをしてもらうのだが、結果、革命テロ組織の紅の連盟に囚われの身になるのだった。

 相変わらずエオノーラの言動にはイラっと来るものを感じる。結果オーライだから良いけれど、彼女の言動はその場の情動に支配されているとしか思えない。最終的には力で解決すれば良いという、魔術師の傲慢の気がする。
 アルタシアに関しては、彼女が王族と判断された仕組みと、明らかになる彼女の素性との間に、どのような整合性が取られていたのか不思議だ。また、レクセーエフ侯爵の再登場がなく、前篇と後篇がきっちり分かれすぎの気がする。

人形たちの夢 前篇

親譲りじゃない無鉄砲
評価:☆☆☆★★
 豪華飛行客船ティターン号の処女航海で発生した怪盗ルポール・セニンの事件を切り抜け、トゥリスの隠し名を持つ魔術師エオノーラ・エリクルスと元新聞記者のミュンは、ルシャの首都センテル・レルブルトに到着した。国王ニーヴェルによる圧政を、第一王子ヴァシリーとの恋の噂もあった女闘士エルカーナ・ログナが打倒し、そして今では腐敗した民主制が敷かれている国である。
 祖国からルシャに渡った実業家グレイク・マルティスの依頼を、当主である姉に黙って受けたエオノーラは、彼の家で、無口で直ぐに人を噛む少女のアルタシアと出会う。そして、彼女の家では、奇妙な事件が起きていることを実感するのだった。

 主人公は毎回異なるが、一応はシリーズ三作目。傍若無人で世間知らずで無思慮で直ぐに手が出るヒロインが、魔術的な事件に対処しながら、隣国の政治的暗部にズブズブ沈んでいく様を描いている。
 無能なのにやる気がある人間は社会的に害悪だが、このヒロインは、少なくとも当初はその害悪そのもの。しかし、基本的には善良なので、護るべき弱い者があればそのために動くので、行動が読みやすくなる結果、ギリギリ許容範囲に収まる感じだ。

 相変わらずあとがきでは色々と愚痴が述べられている。

ハーレムはイヤッ!! (2)

誤解は敵意を生ず
評価:☆☆☆☆★
 姉と妹は他人である。論理矛盾を起こしそうな命題ではあるが、上月慧の立場からすれば真だ。生徒会長である響徳寺綾乃は異父姉だし、モデルをやっている同級生・有坂美柚は異母妹で、彼女たちは赤の他人。そして事情があってその事実を公開していないので、彼女たちが彼に付きまとっていると、ハーレムなんていう疑惑が生じてしまう。
 本人は、クラスメイトの初穂詩織に好意を抱いているのだが、そんな状況もあってかなり冷たく扱われ、天城佳奈子や須崎貴子が面白がってそれを助長したりするので、なおたちが悪い。今度はそこに、綾乃の友人である梅原双葉が、綾乃のことを思いやって慧に敵対してきたので、なお厄介なことになる。

 全くの誤解なのだけれど、その誤解を解く唯一の方法は禁じ手とされ、しかも綾乃と美柚は、互いに互いが慧に付きまとう性悪女だと思い込んでいるので、その間に挟まれる方はたまったもんじゃない。しかも、学園のアイドル級を侍らせていると見る周囲の人間からの悪意もすごい。
 全ての関係者に真実を知らせることは無理にしても、肉親にだけは告げても良いだろうと思ったりしなくもない。秘密にした結果かえって周囲の耳目を集める結果になっている気がする。それでも、禁じ手の制約の中、何とか誤解を解きつつ、恋心を伝えたいと奮闘する慧は憐れだ。

そして、誰もが嘘をつく

偽りの中にも真実はこもる
評価:☆☆☆☆☆
 豪華飛行客船ティターン号の処女航海に乗り込んだアデルベール・ディ・モリセルアは子爵を名乗る少年魔術師だ。相棒のちっちゃな魔法生物少女ティッカと共に、ある目的を持っている。
 そんな豪華飛行客船に乗り込んでいるのは、新聞記者らしいミュンとその連れの少女エオノーラ、冒険家のロック・ブラベット、村娘から侯爵夫人の令孫となったリラ・ヴァン・グレーシーハイム、女優ルイーシェン・コストバールなどだ。

 そんな船内で起きる、怪盗ルポール・セニンによる犯罪予告。グレーシーハイム侯爵家伝来の青いダイヤを盗みだすというのだ。さらに、船内で幽霊騒ぎが起きる。
 警備主任のルシャゲールに怪盗の仲間と疑われるアデルベール。彼は怪盗ではないのだが、彼にも人に言えない目的があり、完全に疑いを晴らすことはできない。そして、リラも何か秘密を持っているらしく、突然予想もしない行動に出る。

 そして起きる、青いダイヤの消失。セニンに偽装されてしまったアデルベールは、ルシャゲールに拘束されてしまうのだが、その間にも船内各所で事件が起きてしまう。
 そして、誰もが嘘をつく。誰が嘘をついているのか。誰が本当の犯人なのか。そしてアデルベールの目的は?様々な謎が収束し、解決が訪れる。

 作者の受賞作「君のための物語」の続編らしい。ミュンというのは関係する新聞社の名前なのかな?とか、エオノーラの家名はトゥリスというのかな?とか、ルイーシェン・コストバールが登局するきっかけになった女帝はパレオロッタ・マーニャというのかなとか、前作を読み直して考えてみるのも面白いかもしれない。
 物語自体は、アデルベールとリラの淡い恋愛を軸に、船内でのアクションや幽霊騒動、豪華客船もののピンチ、相棒との掛け合いなど、いろんな要素が詰まっていておもしろい。

 経緯に対しては作者的に色々と言いたいことがあるようだが、これまでの作品の良いところを凝縮した作品になっていると思う。

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ハーレムはイヤッ!!

律義で真面目な主人公のラブコメ
評価:☆☆☆★★
 高校入学して間もない上月慧は、全校に知らないもののない有名人になってしまう。それも、自分の能力ではなく、彼に親しくする女子生徒2人の知名度によって。1人は生徒の6割が加盟するともいうファンクラブを持つ生徒会役員の響徳寺綾乃。もう1人はモデルもやっている一年生の有坂美袖。度々繰り広げられる親密イベントには、やっかみも込めて尾ひれが付き、慧はハーレム王と呼ばれるようになってしまう。
 しかしそれらは全て誤解。実際には彼女たちとの関係は噂にある様なものではなく、極めて平凡な、だが親しくて当然の関係性によるものだった。ただし、それは大人の事情による複雑さも含んでいて、しかも3人の関係を正しく把握しているのは慧だけということが問題をより分かりにくくしていた。
 そんなわけで誰に言い訳が出来るわけでもなく、ハーレム王という虚名に嫌々ながら甘んじているしかなかったのだが、それには弊害がひとつ。どうしても話しかけたいクラスメイトの初穂詩織に避けられてしまうこと。彼には伝えたい想いがあったのだ。

 3人の関係が分かった時の印象は、上月傑という慧の父親はどういう人間だったんだろうということや、選択的夫婦別姓の時代が来たらこういうのも意外に普通に見られるのかなということだった。そしてその弊害を受けているにも拘らず、慧がひたすら秘密を守ることに律義さを超えていらだちすら感じた。
 基本的にはラブコメのはずなんだけれど、非常にゆったりとしたテンポ感で書かれている印象があって、内容との間に微妙なずれを感じてしまう。最後の方はこのずれは少なくなってきたように思うので、続編があればその辺はもっと上手く回される気はするんだけど。律義さや真面目さだけではラブコメの主人公はやっちゃいけないんだなということは何となく感じた。

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憧憬の先にあるもの

どんな世界でも変わらず
評価:☆☆☆☆★
 ある時、世界は大崩壊と呼称される連続自然災害に襲われ、人類社会は崩壊の危機に瀕した。国家はほとんど機能しなくなり、地表にはどこからともなく魔獣と呼ぶべき生物が現れ、人間を襲った。
 しかし、自然界のバランスのなせる業か、もはや由来も途絶えて久しいが、いつの頃からか一部の人間が異能に目覚め、魔獣を退けつつ大規模な結界を張り、城壁を築いて都市を形成していった。大崩壊より五百年、今でも魔獣と人間の生存競争は続いている。

 一応とはいえ平和な場所が作られれば、それまでは外敵に対して一致団結していた人々もバラバラになり始める。特に、異能を持つものと持たざるものがいれば、その間隙に猜疑と恐怖という楔が打ち込まれることは明らかだ。
 紆余曲折の末、異能力者たちは結界都市を離れ、自らの拠点を築きながら、都市を守る戦力として一族の一部を供給しつつ、生活物資などを対価として受け取る関係に落ち着いた。

 そんな交流の一環として都市に来ることになった獅堂宗は、留学生として初めて城壁の中の社会を知る。そこには彼の知る魔獣との戦いはなく、主義主張の違いによる人間同士の静かな争いがあった。

 壁の外は異能力者バトルが繰り広げられている世界でありながら、描かれるのは文明社会の中の組織同士の対立や、思想の違いによるテロリズムの応酬がはびこる世界だったりする。まるで現代社会の病巣を描く、みたいに見えなくもない。
 獅堂宗の行動の原点は憧れにあるけれど、その先にあるのは甘い世界ではない。たとえ世界がどんな状況であっても、社会という集団が形成されれば起きることはいつも同じなのだとしたら哀しい限りだ。

 最後に微妙に伏線ぽいものがあったり、人間関係的にも色々と発展の余地がありそうではあるので、その辺りが明らかにされる機会があればそれも面白い。でも、曖昧なままでもそれはそれで綺麗な終わり方なのかも知れない。

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静野さんとこの蒼緋(ふたご)

本当に書きたいものを書くべきか、売れることが大事か
評価:☆☆☆★★
 静野蒼介は高校二年生。物心ついたころの記憶には母はなく、父と二人で暮して来たのだが、ある日突然、双子の妹である緋美子を紹介される。しかし、全く妹の記憶がない蒼介は混乱してしまうのだが…。これだけ書くと、蒼介はどんだけ記憶力がないのか、という話になってしまうが、その理由は後ほど明らかになる。

 何か少しちぐはぐな印象を受けてしまった。家庭内の問題を旋律A、学校で起きる事件を旋律Bとすると、最終的にAとBはまとまって一つになるのだけれど、途中、Aが激しい時はBはゆるやかに、もしくはその逆に、とペースがばらばらという印象を受ける。それでも、AとBが上手くつながれば良いのだけれど、それが微妙にずれていると感じてしまったので、すっきりしなかったのだと思う。
 今回は機能しなかった意味のない伏線的なものもあるので、そういうものを排除して、2/3くらいに圧縮した方が、中だるみ感を感じさせないと思う。キャラクター的には、科学部部長の宴堂や、新聞部の浅井など、色々と面白そうな人たちがいるので、部分的にそれらを突出させると、メリハリがついたような気もする。
 とにかく、続編がありそうな書きっぷりなので、それを待ちたいと思う。

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