城平京作品の書評/レビュー
雨の日も神様と相撲を
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虚構推理 鋼人七瀬
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岩永琴子が桜川九郎と初めて出会ったのは、17歳のとき。彼女が通院した病院に、入院患者の見舞客として来ていたときだ。そのとき彼には、弓原紗季というひとつ年上の彼女がいた。しかし、彼に一目ぼれしてしまった岩永は、彼が彼女と別れるのをじっと待ち、そしてついに告白の機会を得る。
それから二年半、紗季はある地方都市で交通課の女性警察官となっていた。その街に、鋼人七瀬という都市伝説が蔓延する。スキャンダルにより芸能界を追われたグラドルが多数の鉄骨に顔面を潰されて死に、死後にアイドル衣装で鉄骨を振り回す亡霊となって暴れているというものだ。
前半が完全な事実であるため、後半もまるで事実の様に語られている。実際、紗季は鋼人七瀬が原因だと主張する交通事故も処理していたし、それは真実だろうと理解してしまっていた。刑事の一部にも何らかの事件の予兆を感じて個人的に捜査を始めるものが現れた頃、紗季は実際に鋼人七瀬に遭遇してしまう。その彼女を助けたのは、岩永だった。
一般的な推理小説は、断片的な手がかりから事実を積み上げ、論理的に真相を導いていくのが定石だ。しかしこの作品は、虚構推理という名の通り、その様な方法は採らない。すでに真相は分かっている。それを否定し、後に問題を起こさない妥当な虚構を真相として人々に認めさせるのが、この作品における名探偵の仕事だ。
なぜこのようなことをするのか。それは、この作品における都市伝説が全くの真実だからだ。つまり、鋼人七瀬は実際に存在していて、人間を襲う。しかし秩序はこの様な存在を認めない。だからこれを否定し、常識的な真相を人々に与えるのだ。
作者は「名探偵に薔薇を」で名探偵の苦悩を描いた。すなわち、名探偵が真相を暴露することにより、暴露しなければ傷つかないで済んだ人々を傷つけてしまうという矛盾だ。この作品では逆を行く。つまり、本当のことが明らかになると被害が増えてしまうので、あえて嘘を本当だと信じ込ませることで、逆に秩序を守ろうというのだ。この複雑に入り組んだ思考の構造がいかにも作者らしい気がする。
ここでは登場人物たちの持つ秘密は語らない。だが、この様な異質な事件を扱う人々だ。普通ではないと想像がつくことだろう。そんなひねくれた、一筋縄ではいかないキャラたちが、虚構を用いて秩序を守る。この二重三重にねじれた世界を楽しんで欲しい。
ということで、シリーズ化されると楽しいんだけど。
小説 スパイラル~推理の絆~ (4)
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本巻は、Web連載されていた小日向くるみシリーズの完結編になっています。このため、これまでのように歩メインのお話というよりは、清隆が話題の中心になっています。
この作品では、犯行時間を推定するのに、被害者が作成していた折り紙が使われています。不切正方形設計折り紙の「悪魔」。実際に存在するこの折り紙は慣れた人が折るのに1時間ほどかかるそうです。(作中より)この折り紙がどのように作品に織り込まれているかは…
事件終結後、エピローグでは清隆衝撃告白があります。これはコミックでも明らかにされていない内容なので、これを読まないと、本当の意味でスパイラルは完結しないかも知れません。
小説スパイラル 推理の絆 (3) エリアス・ザウエルの人喰いピアノ
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地中海から引き上げられ、その持ち主たちを殺してきた、エリアス・ザウエルの人喰いピアノ。そのピアノはこの日本でも犠牲者を出していた。そしてまた一人、少女がその呪いの犠牲に…
怪奇探偵小説のような出だしで始まる本作ですが、一転、冷徹な論理が物語の進行役となります。人喰いピアノの呪いの正体とは何か?柚森珠喜の狙いとは…
小説版では、歩が清隆の弟としてではなく、歩として扱われています。エピローグでの歩に対する救いは、読者にとっての救いともなるはずです。
小説スパイラル 推理の絆 (2) 鋼鉄番長の密室
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真夜中に牛乳の買出しに出た歩は公園で踊る少女牧野千影に出会い、奇妙なメダルを投げつけられる。翌日、そのメダルを見たひよのはメダルにまつわる番長たちの熱き物語を話し始めた…
メダルの真の持ち主、鋼鉄番長の死の密室を開き、歩は千影の呪縛を解き放つことができるのか?
いきなり”番長”の歴史が大真面目に語られます。あまりにも真剣に語られるので、一瞬、本当の歴史かと思ってしまうほどです。ここまで聞いて馬鹿馬鹿しいと思ってしまってはいけません。この話の中にちりばめられた言葉たちが、最後には意味ある場所にきちんと収まるのです。
さび付いた扉が開かれたとき、一人の少女には幸せがもたらされ、少ししんみりとした気持ちになれます。設定を笑いながら楽しみたい方に。
小説 スパイラル 推理の絆 ソードマスターの犯罪
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ある放課後、鳴海歩は時代錯誤な敵討ちの場面に遭遇する。敵の名は黒峰キリコ。当代有数の剣客にして体育講師。
結崎ひよののおせっかいから、キリコを仇と狙う緋芽子の手助けをすることになった歩は、事態を収束させるため、キリコと剣で対決することになる。まともに戦えば必敗…。歩の推理は剣をとめる力となるのか。
小説版ではブレードチルドレンや清隆の影が薄いので、本来の歩の実力が十分に発揮されています。一見馬鹿馬鹿しい場面から始まりながら、それなりに意味ある収束を見せる構成力は見事だと思います。
設定に負けずに笑い飛ばして読める方にはおすすめです。まじめなミステリーファンには怒られるかもしれませんが…
名探偵に薔薇を
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小人地獄。無味無臭にして、一度体内に入れば何の痕跡も残さず速やかに死に至らしめる毒薬の名。著者はこの毒薬を道具として、名探偵の苦悩を描いた。本書は二部構成になっており、第一部では小人地獄の由来と威力が示され、読者にとっての”現実”として小人地獄の存在を印象付ける。第二部では、第一部で得た知識が謎解きの前提として活用されている。
本来ならば起こるはずもない殺人。一つの事件の動機が明らかにされるとき、また一つの不幸が訪れる…。謎はすっきりと解き明かされるかもしれませんが、読者の心に爽快感が訪れるかは自明ではありません。
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